第7話 地揺れだ!

「ひぃ、はぁ、ふぅ……、カ、カーヤ、ちょっと待って……」


 玉のような汗を拭いながらなんとかそれだけ搾り出し、その場にへたり込む私。あれから数時間以上ずっと歩きっぱなしだったおかげで足腰がもう限界だ。膝は笑うし、足はるしで、もう一歩たりとて歩ける気がしない。肉離れを起こしたんじゃないかってくらいのふくらはぎの痛みに比べたら、靴擦れや血豆なんて可愛いものだ。


「リゼットちゃん。ちょっと休むか?」

「そ、そうさせて……」


 私のフィジカルの貧弱さが露呈した一方で、カーヤはといえば体力お化けだった。流石にまったく疲れていないわけではないみたいだけど、それでも立ち上がるのも一苦労と言わんばかりに疲労困憊状態の私と比べたら、本当に同じ人類かと疑いたくなるくらいには元気だ。

 今だってへばった私の代わりに周囲を警戒してくれているくらいだ。本当、頼りになる騎士様ナイトだね。


「なんか、今日は森が静かだな」


 カーヤが珍しく神妙な顔をして呟いているので、詳しく訊いてみる。


「それって、良いことなの? 悪いことなの?」

「わかんない。でも、多分悪いこと……だと思うぞ」

「……そうなんだぁ」


 魔物が跳梁跋扈する真夜中の深い森の奥で、不穏なことを言わないでほしい。パワーと運動神経に恵まれたカーヤと違って、魔力が多いこと以外には何の取り柄もない私がそれを聞いたらどう思うか、小一時間ほど問い詰めたい気分だ。


「いつもの森なら、もうちょっとうるさいんだ。今日は凄く静かだぞ」

「何か、大きな危険がこの森に迫ってるのかな?」


 魔物や野生動物の本能は侮れない。地震や津波、火災、挙げ句の果てには災害級の特級魔物Sランクモンスターまで事前に察知して逃げ出すことがあるという。これもギュンターの町工場にあった本で得た知識だ。ここだけはギュンターに感謝してやってもいい。借りたのは無許可だけど。


「……ん?」


 突然、カーヤが眉をひそめて動きを止めた。動物的な勘で何かを感じ取ったみたいだ。

 次の瞬間、木々が騒めき、地面が小さく振動を始める。


「地揺れだ!」


 そう言うが早いか、カーヤは小さく丸くなって地面に伏せた。ぷるぷる震えているのがちょっと可愛い。


「へぇ、地震かぁ。懐かしいな。……震度四くらいかな?」


 記憶を辿る限りにおいては、これがこの世界に生まれ変わってから初めての地震だ。この辺りはプレートが安定していて、なかなか揺れない地域なんだろうね。震度四程度なら日常茶飯事だった日本で前世を過ごした身としては、別に恐怖を覚えるほどではない。

 でもカーヤは違ったみたいだ。大人から何度か聞いたことがある程度で、前提知識も経験もまったく無かった彼女は珍しく軽いパニックに陥ってしまっていた。


「こ、この世の終わりだぁ〜……。神さまお助けを〜!」


 情けない悲鳴を上げてその辺に生えてる木を拝み倒しているカーヤ。思わず写真を撮って後で本人に見せたくなるくらいには面白い。カメラが無いのが過去一番に悔やまれる。


「カーヤ、このくらいならまったく問題ないよ」

「りりりリゼットちゃん⁉︎ 怖くないのか⁉︎」

「この程度の揺れなら特に問題が起こるわけじゃないからね」


 耐震性の欠片もない町中のオンボロ物件とかならともかく、この程度の揺れでは普通の建物には何の影響も出ない筈だ。よっぽど設計に難があったりとかしない限りは、ひびすら入らないと思う。

 ましてやここは森の中。そもそも崩れるような建物なんて一軒も建っていない。


「揺れること自体が問題なんだよぉ〜」


 半泣きですがりついてくるカーヤをよしよししつつ、私は周囲に生き物が少なかった理由が判明して安心していた。もし山火事とか災害級の魔物とかが発生していたりしたら、正直私達の手には余るところだったからね。ほぼ実害が無いと言っていい地震で逆に助かったくらいだ。

 本来ならこの辺りは町の近くにもかかわらずそれなりに魔物が出没するスポットだから、既に何度か魔物に遭遇してもおかしくはなかった。むしろここまで一回も出くわさなかったことのほうが異常なのだ。素の身体スペックがやたら高いカーヤならともかく、私は最弱ザコの代名詞ことゴブリンにすら手も足も出ずになぶられるくらい戦闘力が著しく欠如しているから、命拾いしたと言っても割りかし過言ではないかもしれない。


「大地震なら怖いことも多いけど、このくらいなら怖がる必要なんてないんだよ。それにほら、見て」


 私はつい先ほど通った道をカーヤに示す。


「あっ、橋が……」


 そこには今の地震で崩落した吊り橋があった。震度四程度で壊れるようなオンボロの橋を渡ったと思うと今更ながらに恐怖心がぶり返してくるけど、さっきまでは体力の限界と勝負していたから気にならなかったんだよね。


「この橋が渡れないとなると、追手は結構な距離を迂回しないといけない筈だよ。大丈夫、運命の女神は私達に微笑んでる」


 カーヤは地震を不吉なものだと受け取ったみたいだけど、私は必ずしもそうではないと思う。何事も見方次第では随分と印象が変わってくるものだ。実際、私達は今回の地震で二度救われている。魔物の減少と、吊り橋の崩落だ。


「そう言われてみればそうかもしれないな……」


 カーヤは私の言葉に納得して、だんだんと落ち着きを取り戻してきた。うん、それでこそカーヤだね。早くいつもみたいに元気になってほしい。


「さあ、進もう。吊り橋が崩れたお陰でだいぶ時間が稼げたとはいっても、いつまでも余裕があるとは限らないからね」

「うん、わかった」


 カーヤの手を引いて立ち上がらせ、私達は再び出発する。目的地は無いけど、とりあえずは進めるところまで進もうじゃないか。







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