第6話 自由な世界
「リゼットちゃん。人がいるぞ」
「……本当だ。でも、あの人なら大丈夫だよ。憲兵さんだ」
町を出るために城門の近くまで来た私達は、物陰からひっそりと周囲の様子を窺っていた。城門の目の前には憲兵が二人立っていた。夜中だというのに、お勤めご苦労様です。
憲兵ならギュンターの手先であることはまずないから、こんな時間ではあるけど事情を話せば通してくれるだろう。
私達は安心して城門に近づいていく。
「あの、すみません」
「なんだ、お前達は」
訝しむように片方の憲兵さんが問うてくる。まあ、こんな夜更けに少女が二人、徘徊しているのだ。決して治安が良いとは言えないこの町に住む人間なら、不審に思うのも当然だよね。
「実は追われている身でして……そこを通りたいんですけど、門を開けてくれますか?」
「追われているだと? ……事情を聞こう。こっちに来なさい」
そう言って詰所に招き入れる憲兵さん。
「はい」
そのまま憲兵さんについて行こうとすると、くいっとカーヤに服の袖を掴まれた。
「カーヤ?」
「なんか変だぞ。嫌な感じがする」
「……憲兵さんから?」
「うん。気をつけたほうがいいかもだ」
「……わかったよ」
カーヤの直感はよく当たる。根拠が無いからといって、
憲兵に怪しまれないように後ろをついて行きつつ、密かにポケットに魔石を忍ばせておく。私自身は魔法を使えなくても、魔力の活用方法には多少の覚えがあるのだ。まあ、万が一の時のための布石ってやつだ。魔石だけにね。
「それで、追われてるってのは誰に追われてるんだ? お前達は何をした?」
まあ普通の人間は、追われてると聞けば何か罪を犯した結果のことだと考えるだろうから、この憲兵の質問もあながち不自然なものじゃないんだろうけど、疑われるってのはやっぱり気分の良いことではない。
それに……抑えようとはしているみたいだけど、抑えきれていない圧迫感が若干不快だ。まったく、中身が成人済みだから平気だけど、前世の記憶を取り戻す前だったらちびっててもおかしくない。
「私達、町工場で雇われてたんですけど、先日そこを辞めたんです。そうしたらそこの雇い主に狙われるようになってしまって……」
「雇い主の名前は?」
「ギュンターという男です」
「……そうか」
「リゼットちゃん! 逃げるぞ!」
「ぐあっ! 貴様ら!」
ギュンターの名前を告げた瞬間、憲兵の顔から表情が消えたのをカーヤは見逃さなかった。おもむろに扉を閉めようとした憲兵を
「こいつらギュンターの手下だ」
「買収されてたのか……。この町もいよいよだね」
「ぐぅ……」
当たりどころが悪かったのか、苦悶の表情を浮かべながら転がっている憲兵を尻目に、私達は急いで詰所を出る。
「貴様らッ」
詰所の中での音が聞こえていたのか、もう一人の憲兵がこちらに駆けてきている。
「カーヤ!」
「任せろ!」
「うぐふっ」
その小さな体躯からは想像もつかないほどの怪力を持つカーヤだ。想定外のスピードと威力にもんどり打って倒れる憲兵。不意を突かれた彼になす術はない。
「この町はもう駄目かな」
ギュンターに雇われた半グレのみならず、公権力の憲兵すら腐敗してるとはね。これはもう町一つ相手にできるくらい強くならない限りは戻ってこれそうにないなぁ。
「あたしのことは気にしなくていいぞ。リゼットちゃんのいるところがあたしのいるところだからな!」
「ありがとね、カーヤ。一緒に強くなろうね」
「もちろんだ!」
そのためにも、まずはどうにかして魔法を勉強しないとね。魔法の勉強にはとにかくお金がかかるから、どこかの町で働きながら魔導書を探す必要があるけど……多分、この近くの町は軒並みギュンターの息のかかった人間が
町に入れないとなると、街道を迂回してかなり遠くの地方にまで足を伸ばす必要があるけど、そうなるとその間はサバイバル生活が続くことになる。サバイバルなんて前世も含めてしたことがないけど、果たして私にできるだろうか。ちょっと……いや、かなり不安だ。
それでも、ブラック企業にこき使われて自分の人生を擦り潰されるのだけはもう二度とごめんだ。カーヤには迷惑をかけるけど、その代わり絶対にギュンターのところにいた時よりも幸せにしてみせる。
「行こう、カーヤ」
「うん。リゼットちゃん」
城壁の外は鬱蒼と森が茂っていて、月明かりが届くこともない。魔物だって活発になっている。けれど、楔で雁字搦めになって生きる町中よりかはずっと自由な世界が広がっていた。
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