第5話 知識は力

「こ、怖かった……」

「リゼットちゃんにしてはよく頑張ったぞ!」

「なんかカーヤに上から目線で褒められるとイラッとくるな……」

「なんだと!」


 まあそれは冗談にしても。

 とりあえず私達は無事に逃げ切った。今頃、侵入者達はもぬけの殻になった部屋を見て呆気に取られているに違いない。どうやら私達のほうが一枚上手だったみたいだ。


「それにしても、リゼットちゃん。よくあんなこと思いついたなー」

「魔法は使えないけど、知識だけはあるからね」


 前世の影響で本を読む習慣がついていた私は、豊富な魔力をどうにかして活かせないかと、町工場にあった本をパクっ……拝借しては夜遅くまで読み耽る、ということを繰り返していた。だから一二歳の少女にしては異常と表現しても差し支えないくらいには魔法オタクだったりする。

 当然、バレたら首どころか拷問のような体罰の末に監禁&強制労働地獄が待っていたんだろうけど……まあバレなかったから良しとしよう。

 ちなみに魔法オタクではあっても、魔法の使い方や呪文に関してはほとんど何も知らない。ギュンターの町工場にあった本は魔道具について書かれているものがほとんどで、肝心の魔法そのものにはまったく触れられていなかったのだ。

 考えてみればもありなん、という感じではある。だってギュンターの町工場は、魔石事業に乗り出す前は魔道具の生産工場だったのだから。

 まあ、そのおかげでこうして逃げ出すことに成功してるんだから、人生何がどう転ぶかわかったものじゃないね。


「まさか錫杖ロッドに魔力を通すと頑丈になるなんてな〜」


 そう呟きながら魔法の錫杖ロッドを二本、くるくると振り回すカーヤ。そう、私達はこの錫杖ロッド梯子はしごのように使って、屋根から屋根へと伝って隣の建物へと移ったのだ。

 いくら私達が体重の軽い女の子だといっても、本来なら木でできた細い棒が人間を支えきれる筈がない。でも私達はその細い棒を使って逃げ出すことに成功した。……それは私が「錫杖ロッドは魔力を通すと強度が増す」という事実を知っていたからだ。

 接近戦に弱いとされる魔法士だが、戦闘中に間合いの内側に入り込まれる、なんてことはいくらでも起こりうることだ。だから歴戦の魔法士になってくると、杖術を習得しているのは当たり前――――みたいになっていたりするんだとか。

 つまり錫杖ロッドは魔力を通すと、実戦に用いても壊れないくらい頑丈になる。だから私達はそれを伝って逃げることができた。

 知識は力。そのことを今日ほど実感した日は無い。


「さてと。……とりあえず逃げたとはいっても、この町にいる限りは毎日のようにあいつらに付け狙われることになるんだよね」

「流石に毎晩続いたらあたしも困っちゃうぞ……」


 いくら野生児のカーヤといっても、毎晩襲撃され続けたら精神を擦り減らしてしまうことは想像に難くない。私だって毎日そううまく逃げきれる自信なんて無いし、当然敵だって逃げられないように対策を練ってくるに決まっている。そんな状況下でこの町に留まり続けるのは、愚策としか言いようがない。


「……あーあ。せっかく良い就職先に巡り会えたと思ったのになぁ」

「ソフィアさんたちには悪いけど、この町から出るしかなさそうだな……」


 置き手紙を書く時間は無かったし、事情を知らせる手紙を書こうにも、そんな余裕ができるのはいつになることやら。まったく、先行きが見えないこと甚だしい。嫌になっちゃうね。


「とりあえず逃げるなら夜のうちだね」


 朝になったら人の目も増える。ギュンターはあれでも顔が広いから、人混みに紛れようと思ってもいたずらに見つかる可能性を高めるだけだ。


「ならさっそく逃げよう! まだあいつらはあっちの建物を探してるみたいだから、今なら逃げ切れるかもだぞ!」

「ちょっとだけ待ってくれる?」


 カーヤに断りを入れた私は、紙とペンを探してから数行程度の手紙をしたためる。宛先は魔法ギルド。お世話になったソフィアさん達に向けての手紙だ。

 内容は簡潔に、ギュンターの襲撃を受けたので町を離れるということと、せっかく雇ってくれたのに僅か一日で辞めることになってしまって申し訳ないということだけを記す。あんまり詳しく書いている余裕も無いし、走り書きにはなってしまうけど、それでも書かないよりは絶対に書いたほうが良いからね。


「これを……見つからないように、窓に挟んで……っと」


 これで明日の朝、出勤してきた誰かがこの手紙を発見してくれる筈だ。もし誰も見つけてくれなかったら、二日目で仕事をばっくれた超不良娘扱いされるかもしれないけど、そうなったらまあ仕方ない。……あ、安物とはいえ錫杖ロッドを二本借りパクちゃってるから、泥棒扱いされる可能性もあるのか……。うーん、それは嫌だなぁ……。

 ただまあ、事情が事情だしあの人達なら許してくれる筈だ。万が一私達がギュンターの追手なんて目じゃないくらいに強くなれたりしたら、いつか恩返しに帰ってこよう。それまではしばらくの間お別れだ。


「この町ともお別れしちゃうんだよね」

「あんまりいい思い出はないけどなー」


 私とカーヤが生まれ育った町。二人とも孤児になってからは碌な目に遭ってないけれど、それでも私達の故郷だ。


「いつか帰ってこれるといいね」

「そん時はギュンターなんてぎちょんぎちょんに殴ってやるぞ!」

「じゃあそれまでにもっと強くならないとだね」

「うん。あたしはリゼットちゃんを守れるくらい強くなるんだ!」


 まばゆいばかりの純粋な笑みを浮かべてそう決意してくれるカーヤ。

 …………か、可愛い。こういう不意打ちを天然でぶちかましてくるからカーヤは凄い。まったく、恐ろしい子……!


「じゃあ、行こうか」

「うん。こっちなら人の気配がしないぞ」


 さあ、夜の闇に紛れての逃避行、開始だ。



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