第4話 ギュンターの刺客
「おはよう、カーヤ。今日は一段と良い天気だね」
「そうかな? いつもと変わらない気がするけどなー」
「私達は今日から生まれ変わったようなものだからね。その分清々しく感じられるんだよ」
ギュンターの
もうキツいノルマに怯えなくてもいい。もうあの
仕事内容自体は魔法ギルドも町工場も変わらないけれど、心持ちはまるで違う。
「あたしたちは今日から魔法ギルドで働くんだよな?」
「うん、そうだよ。私は今まで通り魔石の魔力篭め、カーヤは雑用兼力仕事かな」
私は先日一二歳の誕生日を迎えたこともあって魔法ギルドの正式メンバーとして登録しているけど、カーヤはまだ基準の年齢に達していないので登録することはできない。けど事情を説明したところ、魔法ギルドの人達は「力仕事とかの人手が足りていないから、それを手伝ってもらおうかな」と、特別に仕事を斡旋してくれたのだ。
もちろん正式な採用は経ていないから、立場的には不安定なものだし、給料も冒険者ギルドで紹介されるような力仕事と比べたら決して高くはないけれど……それでもギュンターのところと比べれば天と地ほどの差がある。
魔法は生活に欠かせないものだ。それを管轄している魔法ギルドでは、閑古鳥が鳴くようなことはまず以てありえない。利潤追求が目的ではなく、資金繰りにも困っていない組織の金払いは、たとえそれが雑用であってもなかなか悪くないみたいだ。
「住居も、空いてる部屋を借りて住み込みで働いて良いって話だし。なんだか至れり尽くせりだね」
「それだけリゼットちゃんが凄いってことだな!」
満面の笑みで私をヨイショしてくれるカーヤ。決して世辞ではなく、それが本心であると知っているだけになんだかむず痒い。でも悪くない気分だ。何より眩しい笑顔のカーヤが凄く可愛い。幼馴染で良かった。
「じゃあ行こっか」
「うん」
私達の第二の人生が始まる。
✳︎
「リゼットさん、あなた凄いわね……!」
「そうですか?」
「うん、誇張でもなんでもなく本当に凄いわよ。これだけ大量の魔石に魔力を……しかもこのスピードで篭められるだなんて、一〇〇〇人に一人の才能かもしれないわ!」
そう褒めてくれるのは魔石に関する研究が専門のソフィアさん。新人の私達の面倒を見てくれる人だ。
「これならすぐに出来高制に変えられるかもしれないわ。早速今日の仕事終わりに所長に直談判してみるわね!」
「本当ですか!」
「うん、本当。品質も安定しているし……リゼットさん、あなた逸材よ!」
ちなみに前世では、出来高制というとコスト削減のための
そうなったら私の手元に入ってくるお金は、一日働いただけでも軽く数万マークに届く。ギュンターの下で働いていた時の、実に一〇倍近い稼ぎになる筈だ。
「これは……もう一生この仕事でもいいかも……」
一瞬そう思ってしまったくらいには、ここの職場環境は充実している。ああ、素晴らしきかなホワイト企業! この世界のすべてのホワイト企業に幸あれ!
……とまあ、そんなこんなで魔法ギルドでの初日は終了し、私達はほくほく顔で金貨を握り締めながら帰宅したのだった。帰宅っていっても新居は魔法ギルドのすぐ隣にある倉庫の一室なんだけどね!
✳︎
「ん……」
その日の真夜中。何やら身体を揺さぶられる感覚があって目を覚ますと、隣で寝ていた筈のカーヤが私の枕元に立っていた。
「カーヤ?」
「リゼットちゃん、なんか変だ」
カーヤにしては珍しく焦っている様子。何かあったのかな?
「変って、何が?」
「部屋の外に人の気配がする。嫌な感じだぞ」
「人の気配……? ……まさか」
その辺の動物以上に野生的な本能の強いカーヤのことだ。彼女の感じた気配が気のせいだった、なんてことはありえない。そのカーヤが「嫌な感じ」と言ったのだ。つまりそれは私達を害する意図を持った人間が近くまで来ている、ということを意味する。
そしてそんな人間に心当たりがあるとしたら一つ。
「……ギュンターの刺客?」
もしそれが事実だとしたら、たかだか小娘二人相手に随分と大掛かりなことだ。でもあのギュンターのことだし、ありえない話ではない。というかむしろ私とカーヤの生産性を鑑みれば、法に触れてでも刺客を放って強引に私達を我が物にしようとする筈。
「近い?」
「まだ建物の中には入ってきてないみたい。でも囲まれてるぞ……」
「敵は一人じゃないのかぁ……」
困ったことに、私は魔力こそ人並み以上にあるけど、それ以外はからっきしのド素人だ。戦闘能力なんて、それこそ一二歳の少女程度しかない。
カーヤは小柄な見た目からは想像がつかないほどの怪力の持ち主ではあるけど、戦闘の経験なんてあるわけもないので素人であることに変わりはない。対する相手は、おそらく暗殺やら誘拐といった裏の仕事が専門の荒くれ者達だ。勝てる見込みはおろか、逃げられる公算すら限りなく低い。
……これは詰んだかもしれない。
「どうしよう……」
「どうするって、逃げるしかないぞ!」
「でもカーヤ一人ならともかく、私がいたら絶対逃げきれないよ」
自慢じゃないが、私の運動神経は皆無だ。前世の小学生時代、ドッヂボールで真っ先に狙われるといえば伝わるだろうか。ちなみにカーヤは男子に混じって互角以上に渡り合うゴリッゴリのスポーツマン……ウーマンだ。その割に見てくれは随分と可愛らしいけど。
「冗談言ってる場合じゃないな。なんとか逃げる方法を考えなきゃ」
「なんか、あいつら建物の中に入ろうとしてうまくいってないみたいだ。鍵が開けられないのか?」
「そうか。魔法ギルドの倉庫だから、施錠がしっかりしてるんだ」
魔法ギルドはいわば、魔法に関する最先端の研究を行う研究所。機密資料やら高価な装置やらがたくさん保管されているこの倉庫の戸締まりは、普通の建物の比じゃない。もちろん物理的な力で強引にこじ開けようとすれば流石に壊れるだろうけど、それでも時間稼ぎくらいはできる筈だ。
「カーヤ、確か屋根裏に窓があったよね?」
「うん、あったと思う。……リゼットちゃん、もしかしてそこから逃げるのか?」
「ラッキーなことに、隣の建物の屋根が近いからね。運動神経が息をしてない私だけど、一世一代の逃避行を成功させるためにも一肌脱ぐよ!」
そのためにも、急いであれを探してこなくちゃね。
迫り来るタイムリミットの中、私はカーヤを伴って二階の倉庫へと向かう。
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