第3話 誰かに雇われなくたって、生きていける道はあるんですよ
「何? 辞めたいだと? ……ふざけてんのか?」
「り、リゼットちゃん」
露骨に不機嫌な感情を顔に出すギュンターに怯えたカーヤが、不安そうに私の手を掴んでくる。私はその手を優しく握り返してやりながら、ギュンターに正々堂々と向き直って言い返した。
「カーヤ、大丈夫だよ。……いいえ、ギュンターさん。ふざけてなんかないですよ。私達は大真面目に、ここを辞めると言ってるんです」
「黙れ! この恩知らずがッ! いったい誰が身寄りのないお前らを雇ってやってると思ってる⁉︎ お前らみたいな小娘を雇ってくれるところなんて他に無いぞ!」
顔を真っ赤にして口角泡を飛ばすギュンター。こんな手前勝手な人間にこれまで搾取されてきたのかと思うと、過去の自分が情けなくなってくるくらいだ。
「確かに、身寄りのない、まだ大人になっていない女の子二人を雇ってくれるところなんて普通は無いでしょうね」
ギュンターの言っていることは、あながち的外れというわけでもない。いくら奴が私達から法外に(まあその法自体がほとんど機能していないわけだけど)搾取しているといっても、そもそも未成年の、それも後見人のいない少女を雇ってくれる経営者は普通ならまずいないのだ。この世界は、前世の日本ほど優しい世界ではない。
「なら大人しくッ」
「でも」
私はこちらを睨んでくるギュンターの目をしっかりと見返して、力強く宣言する。
「誰かに雇われなくたって、生きていける道はあるんですよ」
先ほど、魔法ギルドにはちゃんと登録を済ませてきた。デモンストレーションで職員相手に魔石に魔力を篭める様子を見せたら、「是非うちで働かないかい⁉︎」と腕を掴まれて勧誘されてしまったくらいだ。
職員さんは慌てて謝罪してきたけど、条件面では相当な高待遇を保証してくれたし、誠意は受け取ったのでちゃんと許してあげた。とりあえずは額面で今の時給の五倍からスタート。安定してきたら完全出来高制に移行する、という話になっている。この町の家賃相場とか諸々を考えても、充分に二人が生きていけるだけのお金が稼げる計算だ。
「それでは今までありがとうございました。失礼します」
「あっ、リゼットちゃん! ……失礼します!」
「な……なっ……」
言葉に詰まったままのギュンターを置いて、カーヤを連れて町工場を出る。色々と辛い思い出もあった場所ではあるけど、それでも行く宛のない私達を拾ってくれたことには違いない。少なくとも最低限の感謝くらいはしないとね。……まあ、もう二度と戻ってきてやるもんか、とは思うけど!
こうして私達二人は、弱冠一二歳にして転職することになったのだった。
✳︎
「あのクソガキ共が……ッ! 拾ってやった恩を忘れやがって……。何のために孤児を育てるなんて手のかかることしてると思ってんだ! 金だ! 俺が金を稼ぐためだぞ! クソ!」
リゼット達が工場を去って数分後。ギュンターは荒れに荒れていた。そこら中の家具に当たり散らし、目についた物を投げては壊すギュンター。
「あいつら……特にリゼットの生み出す金は無視できない。奴の稼いだ金さえあれば……俺はいずれこの町の長になれた筈なのに……」
敵国から裏ルートを使って魔道具を入手していたことからもわかるように、このギュンターという男は腐ってもやり手の商人である。小規模な町ではあるが、この町でギュンターよりも金を持っている人間は存在しない。その金を使って役人を、憲兵を、代官を買収した結果、既にこの町はほぼ完全にギュンターの影響下に置かれている。それもすべて、いずれは自分がこの町の長になるため。そしてそこから更に出世して、この国の支配階級に仲間入りをするためだ。
……だが、その試みは失敗した。自分の駒だった筈の幼い少女二人の叛逆によって、途絶してしまった。
ギュンターの心を暗い闇が満たしてゆく。濁った瞳に黒い感情が渦巻いてゆく。
「誰か、いるか!」
「お呼びでございますか」
ギュンターが声を荒げると、すぐさま外に控えていた部下が部屋に入ってくる。
「あの二人を連れ戻せ。怪我をさせても構わん。リゼットのほうは片腕さえ残っていればいい。カーヤの怪力は少々厄介だが、リゼットを人質に取りさえすればカーヤのほうも自動的に言うことを聞くからな。連れ戻したら地下にぶち込んで一生酷使してやる」
「一応、人目につかないよう努力は致しますが……、万が一、助けを呼ばれた場合はどうしますか?」
「殺せ」
「……は」
「他の人間にあの二人を取られるわけにはいかんからな。邪魔にしかならないなら……殺すしかない」
「承知致しました。では早速、買収した官憲に話を通しておきます。これで相手はこの町から出られなくなります。見つけ次第、捕らえるとしましょう」
「くく……憐れな娘達だ。袋の鼠とはまさにこのことだな。素直に従ったままでいれば自由を奪われることもなかったというのに……。くくく……ふはははは!」
広い屋敷に、薄汚い高笑いが響き渡る。この町の深く暗い夜の
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