第2話 まずは転職活動から始めよう

「リゼットちゃん、本当にいいのか? たしかにギュンターは怖い人だけど、身寄りのないあたし達を雇ってくれるところなんてほかにないよ」


 私と同じく孤児のカーヤが、不安そうな顔で翻意を促してくる。けど、私だけじゃなくてカーヤのためにもこの町工場で働き続けるわけにはいかないんだよね。


「ねえ、カーヤ。魔石の単価っていくらくらいか知ってる?」


 私はカーヤの目を見て、真剣に語りかけた。カーヤにも、今の状況がどれほど酷いものなのかを理解してもらわなくてはいけない。


「え? うーん……、さ、三〇〇マークくらいかな」


 私達の時給が(工場主のギュンターの機嫌が良ければ)五〇〇マークだから、そこからおおよその単価を逆算したんだろう。でも、残念ながらその数字では桁が一つ足りない。


「三〇〇〇マーク」

「はえ?」

「私が魔力を込めた魔石はCランク等級として扱われるから、一つがだいたい三〇〇〇マークで売れるの」

「三〇〇〇って……それじゃあリゼットちゃんがもらってるお給料ってものすごく少ないじゃん!」

「そうだよ。私達は搾取されてるんだよ。あのギュンターって奴にね」


 ちなみに私が本気になれば、一時間に一〇個は魔力を満タンに充填させた魔石を作ることが可能だ。魔石自体の原価を考えても、時給に換算したら一〜二万マークほどは稼いでいる計算になる。まさかの搾取率九〇%超えだ。


「ちなみにカーヤも相当搾取されてるよ」


 カーヤは、その小柄な体格の割にはかなりの力持ちだ。さっきも力仕事をしていたけど、前世の記憶を思い出した私から見れば人間重機と呼んでもいいくらいの働きっぷりだ。記憶を取り戻す前はそれが普通のことだと思い込んでいたけど、今思えば明らかに異常な労働環境だ。


「そうなの?」

「うん。たとえばもしカーヤが冒険者になれば、今の五倍は稼げると思う」


 戦闘系以外にも、町中での雑用といった力仕事の依頼は意外と多い。そういった仕事なら、カーヤも危険に晒されることなくもっと楽に稼ぐことができる筈だ。


「だから、カーヤ。私と一緒に転職しよう」


 何年も一緒にいたカーヤとなら、きっと弱者に優しくないこの世界でも生きていける。この地獄みたいな環境から抜け出して、私達は自由になるんだ。


「……うん。わかった。リゼットちゃんが言うなら、きっとその通りなんだよな。昔からリゼットちゃんの言うことは正しかったもん!」


 私のことを信頼しきった目で見てくるカーヤ。彼女も仕方がないからギュンターの下で働いていただけで、別に進んでこの最悪な環境に身を置いていたわけじゃないのだ。

 さて、そうと決まれば。


「まずは転職活動から始めよう」

「うん。でも、転職って何をすればいいんだ?」

「とりあえず色んなギルドに行ってみようか」


 この国には、ファンタジー世界には定番といってもいい各種ギルドが存在している。一番有名な冒険者ギルドにはじまり、商業を取り扱う商業ギルドや、魔法技術の管理と研究をしている魔法ギルド、他にも鍛冶師や錬金術師が集う職人ギルドや、作物の収穫量の管理、売買などをおこなっている農業ギルドがある。

 どのギルドに所属するかはまだ決まっていないけど、とりあえずどんな仕事があるかを知るために一通り見て回るつもりだ。

 幸い私達は今年で一二歳。二人とも誕生日はまだだけど、もう数ヶ月もしたらギルドに登録することができる。そうなれば私達の勝ちだ。それまでの期間は、どんな仕事があるか、何の仕事が自分達に向いているかの調査に専念しよう。

 大丈夫、終わりが見えている分、ちゃんと頑張れる。もう使い潰されて終わった前世の私とは違うのだ。


     ✳︎


 二ヶ月後。ギルドに登録できる年齢になった私(カーヤはまだ一ヶ月ほど先になるみたいだ)は、早速カーヤを引き連れて町中のギルドを梯子はしごしていた。

 あれから色々考えてみた結果、とりあえず二人とも冒険者ギルドに登録した上で、何かやりたいことや得意なことが見つかったら他のギルドにも登録しよう、という方針に決まった。

 たとえば私なら魔力が多いから魔法ギルド、カーヤなら力が強いからそのまま冒険者ギルドで継続かな?

 とはいえ、魔法を使うには魔法式や詠唱呪文を覚えたりする必要がある。そのためには、普通なら魔法士の弟子になるか、学校に行くか、呪文が書いてある本を手に入れる必要があるのだけど……残念ながらいずれも、孤児で絶賛児童労働中の私には手が届かないくらいお金が必要だった。

 まさか道楽で魔法を教えてくれるような酔狂がいるとも思えないし、これはゆくゆくお金が貯まってから学ぶしかないかな。

 とはいえ、そんな魔法の使えない私でも、魔力さえあれば魔法ギルドには登録することができる。魔法ギルドに限らず、各種ギルドは基本的に国家から独立した互助組織だ。だから魔法ギルドだけは隣国から合法的に、魔石に魔力を注ぎ込む魔導具を購入することができる……らしい。

 私は昔から、何故か魔力だけは他人ひとよりも多かったから、引く手数多とまでは言わないにしろ、少なくともギュンターの町工場ところみたいに冷遇されるようなことはない筈。

 だから魔法が使えなくとも、差し当たってはギュンターの下から逃げ出すのを最優先事項として行動しようと思う。



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