第8話 刀折れても心は折れず

 アンナっちと恋澄さんのパーティへの加入が正式に決まり、その日は学園への申請だけ済ませて解散となった。二人は学園の近くにアパートを借りているそうで、校門前で別れて帰宅する。


 翌朝、オレが登校すると校門前でアンナっちが声をかけて来てくれた。


「おはようございます、和樹さん」

「おはよッス、アンナっち。もしかしてオレを待っててくれたんスか?」


「はい。ダメでしたか……?」


 アンナっちは無表情のままこてんと首を傾げる。銀色の艶やかな髪は今日も絹のような美しさで、宝石のように澄んだ瞳がオレを見上げてくる。や、やっぱり可愛い……っ!


「全然っ! ダメなことなんかこれっぽっちもないッスよ! 行こう、アンナっち」

「はい」


 アンナっちと並んで歩くと周囲の視線を集める。今日はその傾向がより一層強い気がするんスけど、気のせいッスかね……?


「そう言えば、恋澄さんは一緒じゃないんスか?」


「アンヌさんは寝坊です。いくら揺すっても起きなかったので置いてきました」


「あー、なんか朝とか弱そうな感じッスもんね」


 逆にアンナっちは寝相とか寝起きとか凄く良さそうだ。


 アンナっちは普段、どんなパジャマ着てるんだろう。ピンクはもちろん似合いそうだし、モコモコのパジャマでも絶対に可愛い。キャラクターものだと猫耳フートのパジャマとか絶対似合う……って何を考えてるんだ、オレは!?


「和樹さん、じっと私を見つめてどうかしましたか?」

「い、いやっ! な、何でもないッスよー?」


 まさかパジャマを妄想してたなんて気色悪すぎて言えるわけがない。


「それにしても昨日はビックリしたッスよ。まさかいきなりあんなデカい鎧武者と戦わされるなんて。アンヌさんの式神ッスよね。学園にも式神を使う生徒は居るって聞いたことはあるッスけど、実物は初めて見たッス」


「アンヌさんの〈鬼斬〉は特別ですから。召喚に消費する魔力が膨大な分、パワーも桁違いです。……ですが、その〈鬼斬〉を相手に攻撃を受け流し続けた和樹さんは流石でした。私が見込んだだけのことはあります」


 そう言ってアンナっちは誇らしげに、自分のことのように胸を張る。オレは彼女の期待に応えることができたんだ。それが堪らなく嬉しかった。


「けっこうギリギリだったッスけどね。結局、10分が経つ前に恋澄さんの方から止めてくれて。あれが無かったら、素手で〈鬼斬〉の大太刀を往なさなきゃいけない所だったッスから。正直助かったッス」


 やろうと思えばたぶん出来なくはなかったものの、今の未熟なオレじゃ手の皮がべろんべろんになるか指の何本かは飛んでしまっていたと思う。そうならずに済んで本当によかった。


「さすがにそうなったら私が止めに入りました。……って、和樹さん。その言いぐさではまるで〈鬼斬〉の大太刀を素手で何とか出来たかのような――」




「和樹ぃいいいいいいっ!!!!」




 アンナっちの言葉を遮るように、廊下の前の方から声がした。その方角に視線を向けると、オレたちの行く手を遮るように豊久が立っている。


「またあの人ですか」


 アンナっちは辟易したようにボソッと呟いて、オレは豊久の取り乱しっぷりに首を捻る。普段からオレに絡んでくる奴だったけど、今日はいったいどうしてしまったんだろう。


「テメェ、Aランクパーティに加入したってどういうことだ!?」


 豊久が握っているスマホの画面。そこに表示されていたのは、冒険者コースに所属する生徒の冒険者ランクや所属パーティが確認できる学園公式アプリだ。どうやら昨日のパーティ加入申請が早くも承認され、アプリの情報に反映されたらしい。


 これまで学園トップのCランクだった六角パーティの上に、新たにAランクパーティである恋澄パーティの表示がある。そのパーティメンバーはAランク冒険者の恋澄さんとアンナっち。そして、Eランク冒険者であるオレの三人だ。


「Eランク冒険者で六角パーティをクビになったテメェがAランクなんておかしいだろ!?」


 どうやら豊久は、オレがAランクパーティに所属していることに納得がいかないらしい。


 Aランク冒険者とEランク冒険者には天と地ほどの差がある。ましてや、豊久の言うようにオレはCランクの六角パーティを追放されているんだ。そんなオレが、Aランクパーティに不相応なのは自覚している。


「和樹さんの実力を見込んで私がパーティにお誘いしました。あなたにいちゃもんを付けられる筋合いはありません」


「うるせぇ! 俺は和樹に忠告してやってんだ! テメェみたいな欠陥剣士がAランクパーティで活躍できるわけがねぇ。足を引っ張る前に自分から辞めちまえ!」


「――っ!」


「待った、アンナっち」


 今すぐにでも飛び蹴りを放とうとするアンナっちを制する。昨日は不意打ちだったから豊久の顔面にクリーンヒットしたけど、さすがに二度目は警戒されている。下手に防がれたらアンナっちの方が落下して怪我を負いかねない。


 それに、これはオレと豊久の問題だ。


「分不相応だってことも、オレの実力が足りてないってこともわかってるッスよ。オレは守ることしかできない欠陥剣士で、六角パーティではろくな活躍もできなかった」


「だったら――」


「だけど! そんなオレを、アンナっちは必要としてくれた。恋澄さんは、認めてくれたんだ。オレは、二人の期待に応えたい! アンナっちの盾になるって、決めたんだ!」


 実力不足は努力でおぎなう。分不相応なランクは、これから死ぬ気で上げていく。


 そうしていつか、アンナっちの隣に並び立って相応しい男になってみせる!


「うるせぇ。和樹のくせにいきってんじゃねぇ。頭でわからねぇなら体に教えてやるよ!」


「和樹さんっ!」


 豊久は拳を固く握りしめて俺に殴りかかって来た。ダンジョンの外でステータスの恩恵は受けられない豊久の動きは、やけに遅く見えた。


 顔面に向かってくる拳を、半歩右に動いて軽くよける。耳元を通り過ぎる豊久の腕を両手で掴み、体を反転。勢いそのままに、豊久を背負い投げる。


「がっ、は――っ!?」


 背中を地面に叩きつけられた豊久は、一瞬何が何だかわかっていない様子だった。


「山本流護身剣術は、剣術よりも先に体術を体に叩き込むんスよ。剣術に体術の技術を応用するのはもちろん、仮に刀が折れたとしても自分自身と大切な人を守り抜けるように」


 刀折れても心は折れず。山本流の習い始めた当初から、爺ちゃんに口酸っぱく言われてきた言葉だ。刀が折れたから終わりじゃない。刀がなくても、山本流は失われない。


「豊久。オレは――」

「くそっ! くそくそくそっ!」


 豊久は俺の手を振りほどいて立ち上がると、悪態をつきながら教室とは逆の方向へと去っていった。


「なんなんですか、あの男は」


 その背中を見送って、アンナっちは怒ったように頬を膨らませている。オレはその頬をぷにぷにと触りたい欲求を抑え込んで、


「教室に行こう、アンナっち」


 そう彼女を促して教室に向かったのだった。

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