第7話 パーティに足りなかったもの

 全長3メートルを超す巨大な鎧武者。それと相対するのは身長170センチほどの細身な少年だった。彼の手に握られているのは木刀で、一方の式神である〈鬼斬〉が持つのは刀身2メートルの大太刀だ。


(ホンマに大丈夫なん……?)


 恋澄アンヌはこの場をセッティングした相棒に視線を向ける。少年をパーティに加入させようと言い出した愛良アンナは彼の実力をかなり高く買っているようで、自信満々に腕を組んで見物している。


(ま、アンナちゃんが見込んだ冒険者なら間違いはないんやろうけど)


 せやけど、認めるわけには行かへんねん。


 アンヌにとって、アンナとのパーティは二人の人生と絆の象徴だった。


姉妹シスターズ〉。


 共に幼い頃に両親をダンジョンで亡くし、二人で手を取り合って生きてきた。血のつながりはなくても、姉妹のように。パーティ名にはそんな意味も込められている。

だから、そこに見ず知らずの男が入ってくることが我慢ならない。しかも相談もなく一方的に決められて。


(アンナちゃん、うちは怒っとんねん)


 だから、


「悪いけど、手加減できへんで? 殺しはせんけど半殺しにしたるわ」


 アンヌは〈鬼斬〉に全力で大太刀を振り下ろさせた。その衝撃に訓練場全体が振動する。凄まじい破壊力を持った大太刀は訓練場の床に一筋の溝を作り出していた。


「ちょ、直撃したら半殺しじゃすまないっスよ……?」


 和樹はどうにか避けたようで、木刀を構えながら冷や汗を流している。


「直撃せんように頑張って避ければええだけやん?」

「そんな無茶苦茶なっ!」


 アンヌは容赦なく〈鬼斬〉に追撃の命令を出す。彼女の式神である〈鬼斬〉は忠実にアンヌの命令を実行した。その巨体が誇るパワーを以てして、大太刀を横薙ぎに振り回す。


(あ、やば……)


 縦の振り下ろしとは違い、横薙ぎの斬撃は刃が届く範囲が違う。さっきは間一髪で避けれた和樹だったが、今の一瞬で大太刀の範囲外まで逃げるのは不可能だ。


 上下に分かれた胴が飛びかねない。そんな光景が脳裏に思い浮かんで、アンヌは思わず目を閉じそうになった。


 だが、そこで不思議な光景を目の当たりにする。


 和樹がふわっと体を沈ませると、頭の上で木刀を斜めに構えた。〈鬼斬〉の大太刀はその木刀の側面を鰹節のように削りながらまるで滑るように通り過ぎていく。


(なんや、今の……?)


 一瞬の出来事に理解が追い付かない。〈鬼斬〉の斬撃がまるで避けられたのではなく受け流されたかのように見えた。剣術の心得がないアンヌには、和樹がどのような手品をつかったのかまるで見当がつかなかった。


「……っ! 〈鬼斬〉っ!」


 アンヌは間髪入れず〈鬼斬〉に追撃させる。一回か二回、大太刀を振るうだけで終わるかと思っていた立ち合いだった。そのアンヌの予想は大きく外れることになる。


「なんで当たらへんねん……っ!」


 三回、四回、五回と。〈鬼斬〉はアンヌの命令に従って大太刀を振るう。だがその全てを、和樹は木刀を使ってギリギリの所で受け流していた。


 何回も見せられれば、いくら剣術の心得がなくても理解させられる。


(バケモンやんか、こんなん……!)


 スキルや魔法の類ではない。努力と研鑽によって育まれた純粋な技術。防御と受け流しに特化したその動きは、体格差やパワーの違いをもろともしない。


 アンナが選ぶだけはあると、アンヌは認めざるを得なかった。そしてなぜ、アンナが和樹を必要としたのかも今なら十分に伝わってくる。


(うちらのパーティに足りんかったもんは前衛の盾や)


 アンナはその機動力をもってしてダンジョン内を縦横無尽に駆け回って戦う。しかし彼女の戦闘スタイルの都合上、その守りは疎かで、これまでも幾度となく危ない場面があった。それがアンナの、ひいてはパーティ全体の伸び悩みに繋がっていた。


(こいつがアンナちゃんを守る盾になってくれるなら)


 守りを意識しなくてよくなったアンナは、今以上に自由な動きで銀翼をはためかせ翔ることができる。そうなった彼女が誰よりも強いことは、長年パーティを組んできたアンヌが誰よりも知っている。


(……その役目は、うちには出来へんもんなぁ)


 耐久性の高い〈鬼斬〉だが、その巨体ゆえにアンナの動きに追いつけない。彼女の盾となるにはあまりにも遅すぎる。


(まだ10分経ってへんけど)


 和樹もまだまだ動けそうだが、先に彼が使っている木刀の方が限界を迎えそうだ。鰹節のように削られた木片が床に幾つも落ちている。和樹の使っていた木刀は明らかに、初めより細く心もとない厚みになっていた。


 おそらくあと一度か二度、大太刀を受け流せば折れてしまうだろう。そうすればアンヌの勝ち。それをわかっていて、アンナは模擬戦を止めようとすらしていない。


(そーいうとこズルいわ、アンナちゃん)


 アンヌは溜息を吐いて髪を掻き上げ、〈鬼斬〉に命じる。


「ストップ。戻りや、〈鬼斬〉」


 ちょうど和樹に向かって大太刀を振り下ろそうとする姿勢で固まった〈鬼斬〉は、ボンっと煙を吐いて一枚の御札へと姿を変えた。目の前から急に赤備えの巨体が消えて、和樹は狐に摘ままれたような表情を浮かべている。


「まだ10分経ってないッスけど……」


「阿保か。これ以上どうやってそんな爪楊枝みたいな木刀で大太刀を受け流すつもりやねん。もう終わりや終わり。悔しいけどうちの負けでええわ」


「じゃ、じゃあオレ……っ!」

「合格や。パーティに加入することを認めたる」


「よ、よっしゃぁああああああああああああああっっっ!!!!」


 和樹はよっぽど嬉しかったのか、床に膝をついて全身で喜びを表すように両手でガッツポーズをする。喜び過ぎやろ、とその様を呆れながら眺めていたアンヌの元へアンナが歩いてきた。


「これでええか?」

「はい。アンヌさんならきっと、わかってくれると思っていました」


 そう言って微笑んだアンナの表情は、これまでずっと一緒だったはずのアンヌが見覚えのないくらいに嬉しそうで、


(やっぱり反対するべきやったわ……!)


 アンヌはほんのちょっぴり後悔したのだった。

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