第6話 自分のことのように

「き、昨日、体育の授業で愛良さんが初めにぶっ飛ばした男子っスよ……?」

「そんな人居ましたっけ……?」


 どうやら存在そのものが記憶から抜け落ちてしまっているらしい。六角先輩の後ろで豊久がなんとも複雑な表情を浮かべている。


「せっかくのお誘いですがお断りします」

「なぜだ?」


「私には元からパーティを組んでいるお相手が居ますし、パーティを組むのはこの人と決めていますから」


 そう言って愛良さんはオレの腕を掴んで引っ張り寄せる。そこでようやく、オレは六角先輩と目が合った。


「和樹か」


「はい。この学園で彼以外とパーティを組むつもりはありません。山本さんだけで十分です」


 愛良さんの言葉に六角先輩は何の反論もしない。ただただオレと愛良さんを見つめるだけだった。代わりに突っかかってきたのは豊久だ。


「いやいやアンナちゃん、和樹とかマジないわー。知ってる? あいつ俺たちのパーティクビになったんだぜ? 攻撃ができないお荷物剣士なんかより俺たちと一緒のほうがダンジョンでも楽できるって!」


「…………はぁ」


 オレの腕を掴む愛良さんの手にギュッと力が入る。彼女は表情を変えずに小さく溜息を吐いただけだった。けれど腕に感じる痛みが、彼女の怒りを如実に表していた。


「和樹がいいとかホント意味わかんないわー。もしかして、あれ? 落ちこぼれが放っておけないとかそういうやつ? 悪いことは言わないからさぁ、俺らの方が――」


「黙ってください」

「ぶごばっ!?」


 気づけば愛良さんが跳躍して空中回し蹴りを豊久の顔面に炸裂させていた。ダンジョン外だからステータスの恩恵も乗ってないのになんて身のこなしだ……!


「な、なにふんだへめぇ!?」


 尻もちをついた豊久が口と鼻から血を流しながら喚く。それを冷たい視線で見下ろしながら、愛良さんは言い放つ。


「これ以上の和樹さんへの侮辱は許しません。不愉快です。とっとと目の前から消えてください」


「なっ……!? こ、このくひょあま……っ!!」

「そこまでだ」


 起き上がって愛良さんに殴りかかろうとした豊久に待ったをかけたのは六角先輩だった。六角先輩は鍛え抜かれた大きな体で二人の間に割り込むと、愛良さんに向かって頭を下げる。


「俺の後輩が大変な失礼をした。和樹も、本当に済まない。この通りだ」

「いや、そんな……」


 ろ、六角先輩が頭を下げているところなんて初めて見た。愛良さんは平然と受け入れているけど、廊下や教室から一部始終を見ていた冒険者コースの面々は騒然だ。六角パーティの人たちも驚きのあまり目を見開いている。


「豊久には俺から厳しく言っておく。俺の顔に免じてここは矛を収めてくれないだろうか」


「ろ、ろっひゃくせんはい! おれは――」

「黙れ」


 豊久は何かを言いかけたが、六角先輩に遮られて口を噤む。愛良さんはしばらく無言で六角先輩を見つめ、


「それを連れて立ち去ってください」


 それだけ言ってオレの手を取るとそのまま教室へ入っていった。愛良さんに引っ張りながら後ろを見れば、六角先輩が同じように豊久の手を持って引きずるように去っていく。きっと保健室にでも連れて行くのだろう。


 愛良さんはオレの手を掴んだまま窓際の自分の席の近くまで行き、こちらを振り返らずに話し出す。


「……どうしてでしょうか。和樹さんを馬鹿にされて、胸がとてもざわつきました。自分のことを言われたわけでもないのに……」

「……愛良さんは優しいっスね」


 あとけっこう沸点が低い。

 オレと戦った時も挑発にすぐに乗って突っ込んできたし……。


 ただ、嬉しかった。

 愛良さんがオレのために怒ってくれたことが、堪らなく。


「ありがとう、愛良さん。ところで、オレのこといつの間にか名前呼びっスね」


「え……? あ、いえ、これはさっきの人たちが山本さんのことを和樹と呼んでいたからで……っ!」


 無意識で呼んでくれていたようで、愛良さんは慌てたように手をパタパタさせる。振り返った彼女の白磁色の肌には、ほのかに桜色が浮かんでいた。やばい、めっちゃ可愛い。


「ぜんぜん良いっスよ。むしろどんどん呼んで欲しいっス」

「――っ~~! わ、わかりました。か、和樹……さん」


「はいっス! これから宜しく、アンナっち!」


「はい…………ちょっと待ってください、『~っち』って何ですか、『~っち』って。卵っちの新キャラみたいな呼び方やめてください」


「えー、可愛いじゃないっスか、アンナっち」


 断固拒否です、と言うアンナっちにしつこく話しかけていたらむっすぅーと頬を膨らませて口をきいてくれなくなった。シックリ来るんすけどねぇ、アンナっちって呼び方。


 その後ホームルームが始まって、何事もなく放課後を迎えた。恋澄さんにオレの実力を示す時がやってきたのだ。


 学園の地下訓練場。


 そこでオレが相対するのは、全長3メートルほどの巨大な鎧武者。赤備えに身を包み、腰に下げるのは刀身が2メートルを超えていそうな巨大な大太刀。見上げるほどの巨体を相手に、俺が剣一本で立ち向かう構図だった。


「うちの式神〈鬼斬〉おにぎりや。殺さんように注意するけど、見た目通りのパワーやから潰されんように気ぃつけてや」





「いや、聞いてないっスよアンナっちぃいいいいいいいい!!!???」


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