第5話 もしかしたら

 結局その日は俺の怪我のこともあって解散になった。恋澄さんにオレの実力を証明してパーティ加入を認めてもらうのは、明日以降。オレとしては今すぐでもよかったのだけど、「無理は禁物です」と愛良さんに釘を刺されてしまった。


 帰りの電車に乗りながら、スマホで冒険者協会が作成した冒険者専用アプリを開く。このアプリではクエストの受注や日本各地のダンジョンの情報を得られるほか、冒険者同士で連絡を取れるチャット機能もついている。


 そのチャット機能でやり取りができる冒険者一覧。今までは六角パーティの面々やクラスメイトの数人しか登録されていなかった中に、愛良さんの名前が新たに加わった。


 愛良アンナさん。


 オレの前に今日突然現れた妖精のような転校生。その可憐な容姿から放たれる疾風怒濤の斬撃が今も脳裏から離れない。


 爺ちゃん、世の中にはとんでもなく凄い人が居るんスね……。


 同い年でAランク冒険者。


 冒険者ランクを上げるにはただ強いだけではダメだ。気が遠くなるほどのクエストをこなして、最難関の昇格試験をクリアしていかなきゃ辿り着けない。彼女はこれまでの人生でいったいどれだけの研鑽を積んで、どれだけの修羅場を潜り抜けてきたのだろう。


 気づけば頭の中は愛良さんのことでいっぱいいっぱいだった。危うく電車から降りるのを忘れそうになり、慌てて運転手さんに定期を見せて無人駅に降り立つ。


 帰宅してからも愛良さんのことが頭から離れない。爺ちゃんから課せられた日々の鍛錬中も彼女との一戦での動きをトレースして動いてしまうし、風呂場では愛良さんのスキル攻撃を受けて左胸から右わき腹にかけて出来た青痣を鏡で見てにへらと頬が緩んでしまう。


 ベッドに横になってからも、瞼の裏には愛良さんとの戦いの記憶がいつまでも残り続ける。


 ……やべぇ。オレ、もしかしたら愛良さんのこと好きなのかもしれない。


 高鳴る心臓の鼓動に、オレはいつまで経っても寝付くことができなかった。





 翌朝、寝不足で重い瞼を擦りながらバス停から学園までの道を歩く。昨日は最悪の気分での登校だったけど、今日は昨日とは雲泥の差で、心が羽のように軽い。愛良さんに会える、そう考えるだけで足がどんどん前へと進んでいった。


 そして昇降口に差し掛かり、絹のように滑らかな銀色の髪がオレを出迎える。


「愛良さんっ!」


 オレが声をかけると、愛良さんはくるりと振り返って会釈した。


「おはようございます、山本さん。怪我の具合はどうですか?」

「もうぜんぜん大丈夫っス! いつでも恋澄さんと戦えるっスよ!」


 シュッシュとシャドーボクシングの真似をしてみると、愛良さんは口元に手を当てて苦笑する。


「それは何よりです。放課後、楽しみにしていますね」


「了解っス! ……と、そうだ。愛良さん、まだ学園の中って見て回ってないっスよね? もしオレでよければ案内させてもらえないっスか?」


「良いのですか? 山本さんさえよければ」


「もちろんっスよ! 今日はアレだから……明日! 明日案内するっス。他にも困っていることとかあればいつでも相談乗るっスよ!」


「ありがとうございます。山本さんって親切な人ですね」


「いやぁ、そういうわけじゃ……」


 とにかく何でもいいから愛良さんと喋りたい気持ちでいっぱいなだけで、普段ここまでお節介というわけでもない。オレ、本当に愛良さんのこと好きみたいだ。


 靴を履き替えて、授業の進捗具合や学校行事のことなど他愛のない会話をしながら、愛良さんと並んで教室へと向かう。


 一年の教室は三階建て最上階。冒険者コースは階段を上って一番奥の教室だ。その教室の前の廊下が、今日はいつにも増して騒然としていた。何かあったのかと思って見てみれば、廊下に六角先輩の姿がある。


 先輩の後ろには六角パーティの面々も控えていて、頭に包帯を巻いて頬にガーゼを張った豊久の姿もあった。オレよりも重傷だったから病院に運ばれたと聞いていたけど元気そうだ。


 それにしても、3年生の六角先輩がどうしてここに……?


「お前が転校生の愛良アンナか」


 オレたちが教室に近づくと、こちらを見つけた六角先輩が歩み寄ってきた。オレには一切目もくれず、隣の愛良さんへと話しかける。


「そうですが、あなたは誰ですか?」


「3年の六角だ。愛良、豊久からお前の実力は聞いている。オレのパーティに入れ」


「――ッ!」


 六角先輩からの勧誘……!? 思えばオレも、入学して早々に六角先輩がこうしてわざわざ教室までやってきて豊久と一緒に勧誘されたんだった。その頃は舞い上がって二つ返事でOKしたけど、まさかパーティをクビになるなんて考えもしなかった。


 学内ナンバーワンとの呼び名も高い六角パーティ。オレがそうであったように、六角先輩に誘われたら普通は誰も断らない。この学園において、六角パーティに誘われることはそれだけで名誉なことなのだ。


 愛良さん、どう返事をするんだろう。まさか六角先輩の誘いに乗ったりは……、


「…………山本さん」

「は、はいっス」


 ごめんなさい、六角先輩のパーティに入ることにしました。そう言って愛良さんが六角先輩の元へ行ってしまうかもしれない。そんな不安に駆られる中、


「豊久って誰ですか?」


 可愛らしく小首を傾げる愛良さんに、オレは脱力してへたり込んでしまいそうになった。

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