第3話 ターニングポイント

 目にも止まらぬ速さで繰り出される、2本の木剣による斬撃。それをオレは木剣1本で往なし続ける。


 やっぱり速えぇ……!


 素早さのステータスは四桁を超えているんじゃないだろうか。学校でもダンジョンでもこれだけの速さの斬撃を受けたことがない。それでも何とかついていけてるのは、爺ちゃんが教えてくれた剣術のおかげだ。


 山本流護衛剣術やまもとりゅうごえいけんじゅつ。守ることに特化したこの剣術は、かつて彦根藩の藩士だった俺の祖先が編み出した。


 桜田門外の変で主君井伊直弼を守れなかった祖先は己の無力さを悔やみ、自決寸前まで追い詰められたという。


 けれど井伊直弼の後を継いだ次の藩主からの説得を受けて一念発起。もう二度と主君を失わないための剣術を編み出した。それが山本流護衛剣術。


 その神髄は攻撃を捨てて防御に特化することにある。オレの頭の中に反撃の二文字はない。往なし、躱し、受け流す。ただそれだけに集中すれば、どれだけ速い斬撃でも対応は可能だ。


 ただ、


「たぁああああっ!!」

「くっ……!?」


 愛良さんの実力が半端ない。斬撃の速度、威力が学生の次元を超えている。間違いなく一線級の冒険者の動き。これまで経験したことのない速さと強さに押し込まれる。


 それに彼女が踏むステップの独特のリズムが、オレの感覚を狂わせる。くるりと回って繰り出される斬撃。時折キックのように足を振り上げる動きもあって、その動きには見覚えがあった。


 コサックだ、これ……!


 ウクライナの民族舞踊。日本じゃ腰を落とした低い姿勢で足を蹴り上げる踊りとして有名だけど、前にテレビで見たコサックは凄まじく回っていたのを憶えている。戦闘民族の剣舞が元になったとナレーションで説明されていて何となく印象に残っていた。


 愛良さんはその動きを剣術に取り入れている。それも独自の剣技として高い完成度をもって昇華させていた。


 単に回転に合わせて剣を振っているだけじゃない。回転とは逆方向からや、回転からずれたリズムで剣が繰り出されることもある。規則性の中に織り交ぜられたランダム性。対応は容易じゃない。


 だけど、


「……すげぇっスね」


 わくわくする。愛良さんの斬撃の一つ一つが俺の想像を超えていく。それを往なし、躱して、受け流すことでオレもまた自分が知らない限界へ一歩近づく。その高揚感が堪らなく心地いい……!


 愛良さんの一挙手一投足が目に焼き付いて離れない。くるりと舞う銀色の髪、火照ってやや桜色に染まった頬。固く結ばれた瑞々しい唇。彼女の全てが俺の脳裏に刻まれていく。


 愛良さんのステップのリズムが微妙に崩れた。ここに来て初めて出来た明確な隙。


 けれどその誘いには乗らない。防御に徹し続けていると愛良さんはムッとした表情を見せる。ほら、ブラフじゃないっスか。


 黒板の前で自己紹介をしてからずっと、愛良さんの表情には感情が浮かんでいなかった。どこか冷めたような、つまらなさそうな目だと思った。けれど今は、感情を表に出してくれている。オレの剣術がそれを引き出せているのだとしたら、たまらなく嬉しい。


 こんな時間がずっと続けばいいのに。


 そんなことを俺が考え始めた頃だった。


「〈疾風剣〉」


 ……ん?


 重心を沈めて溜を作る愛良さん。体を右に引き絞り背中まで持ってきた2本の木剣が淡い光を放つ。


 いや、それ――


「たぁああああああああああああああああああっっっ!!」

「スキルは反則っスよ愛良さんっ!!!???」


 放たれた不可視で不可避な斬撃はオレの木剣を容易く圧し折り、オレは後方に吹っ飛ばされて壁に頭を強打。その瞬間にオレの記憶は途絶えた。


   ※


 頬に触れるヒンヤリとした感触。それが誰かの細い指先だと気づいて目を開けると、そこにはグラマラスな金髪のお姉さんが居た。


「いや、誰っスか!?」


 慌てて飛び起きて状況を把握。カーテンに仕切られた簡易ベッド。消毒液の香りがほのかに漂うここは、もしかして保健室だろうか。


 そしてオレが寝ていたベッドに腰かけて驚いた顔をしている金髪のお姉さん。着崩した制服から覗く胸元に視線が吸い寄せられそうになって慌てて視線を逸らす。


「なんや、頭打って保健室に運ばれたって聞いてたけど元気そうやんか」

「え……あ、いってぇ……」


 言われて初めて包帯が頭に巻かれていることに気が付いた。そして遅れて鈍い痛みがやってくる。頭痛の他にも胸部と腕にも痛みがある。愛良さんのスキル、結構な威力だったからなぁ……。咄嗟に木剣で受けてこれだ。直撃していれば最悪死んでたかもしれない。


「そんだけ元気なら大丈夫そうやな」

「え、えっと……。あなたは?」


 見たところこの学校の生徒ではなさそうだけど……。制服は着ているが、体型は高校生離れしている。そして目を引くのはやっぱり金色の髪と、西洋風の整った顔立ち。あれ、似たような女の子が今日転校して来たような……?


「うちの名前は恋澄(こいすみ)アンヌ。今日この学校に転校して来てん。ちなみに2年3組や。よろしゅうな」


「あ、どうも……。1年2組の山本和樹っス」


「ところでアンナちゃん知らへん? 一緒にダンジョン行こうと思って教室に誘いに行ったらあんたに付きっきりで看病しとるって聞いたんやけど」


「えっ?」


 愛良さんが付きっきりで看病……? 恋澄先輩と知り合いだったことにも驚きだけど、看病してくれていたことにも驚きだった。


 するとタイミングよくカーテンが開いて愛良さんが姿を見せる。彼女はオレを一瞥して安堵するように小さく息を吐き、


「どうしてアンヌさんがここに居るんですか?」


 と恋澄さんに問いかけた。


「どうしてって、アンナちゃんが転校初日にクラスメイトぶちのめしたって聞いて心配で飛んで来たったんやんか。お姉ちゃんそんな乱暴な子に育てた憶えないで?」


「ぶちのめしてません。育てられた憶えもありません」


 淡々と言い返す愛良さんに恋澄さんは「釣れへんなぁ」と唇を尖らせる。どうやら旧知の仲のようだ。


「まったく……。怪我の調子はどうですか?」


 愛良さんはため息を吐いて恋澄さんから視線を外すと、オレに問いかけてきた。


「え、あー……。平気っスよ、これくらい」


 オレも冒険者の端くれ。この程度の怪我には慣れているつもりだ……けど、たぶん今まで負った怪我で一番重症な気がしないでもない。


「……本当にすみませんでした」


 愛良さんはペコリと腰を折って深々と頭を下げる。


「つい夢中になってしまいました。私の攻撃をあれだけ防いだのはあなたが初めてです」


「オレの方こそ、あれだけの攻撃を捌き切れたのは初めての事っスよ。最近、パーティをクビになったり色々あって凹んでたんスけど、君と戦っているあの時間がめちゃくちゃ楽しかった。ありがとう、愛良さん」


 オレが感謝の言葉を述べると、愛良さんは気恥ずかしそうに微笑んだ。それから「ん?」と首を傾げる。


「パーティをクビになったってどういう意味ですか?」

「えっ? あ、いや……それは……」


 話の流れで無意識に口にしてしまっていた。誤魔化すこともできず、恥ずかしい思いをしながら愛良さんと恋澄さんにこれまでの経緯を説明する。


「なるほど、つまり今はフリーというわけですか……」


 すると、愛良さんは唇に拳を当てて少し考え込む素振りを見せた。


 そしてオレにこう問いかける。


「でしたら、私たちとパーティを組みませんか?」




 彼女のその一言がオレの人生を大きく変えることになるとは、この時はまだ知る由もないことだった。

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