第2話 二刀流
東京からの転校生、愛良アンナさんは瞬く間にクラスの人気者になった。その妖精のような愛らしい容姿と、日本人とロシア人のハーフという珍しい血筋、そして10月という中途半端な時期の転校生という要素も相まってそれはもう凄いことになっていた。
彼女の席の周りには何重もの人だかりが出来ていて、話しかけようにも近づくことすら許されない。オレはそんな様子をただ遠巻きに見ているだけだった。
一般クラスもあるうちの学校でこのクラスに転校してきたってことは、愛良さんも冒険者ってことっスよね……。
実力はどれほどなんだろうか。黒板の前から用意された席まで、歩く姿を見て武芸の心得があるのは何となくわかった。姿勢や歩く際の重心の置き方、あとは視線の配り方なんかである程度は判別できる。愛良さんは、かなりの実力者だ。
手合わせしてみたいっスね……なんて考えていた矢先、その機会は思っていたよりも早くに訪れた。
四限目、体育の授業。
冒険者コースの体育はダンジョン内で行われる。学校の地下、エレベーターで降りた先にある地下訓練場。ここには安土ダンジョンという小さなダンジョンがあって、古くからダンジョンに潜る人たちの訓練場として使われてきた場所だ。
かの織田信長も、この訓練場として使えるダンジョンがあったから、その真上に城を建てたとか建てなかったとか言われている。真偽はもちろんわからない。
今日の体育の授業は、木剣を使った実戦形式の剣術だった。普段なら二人一組で剣の打ち合いをするのだけど、今日の授業は毛色が違った。
「まさか君がうちの学校に転校してくるとは……。ぜひこいつらに剣の稽古をつけてやってくれないか?」
元冒険者の体育の先生が愛良さんに頭を下げて頼み込む。いつも冒険者時代の武勇伝を俺たちに語って偉そうにふんぞり返っている先生の殊勝な態度に、全員が困惑していた。
愛良さんはわかりましたと頷いて、
「誰が相手をしてくれますか?」
とクラス全員に問いかけた。
誰もが状況を呑み込めない中、真っ先に手を挙げたのは豊久だ。オレも手を挙げようとしていたのだけど、一歩出遅れた。
「はいはい! 俺が相手をしてやるよ。よろしくね、アンナちゃん?」
「どうも」
馴れ馴れしく近づいて肩に置かれそうになった手をするりと躱して、愛良さんは先生から受け取った二本の剣を構える。
二刀流……っ!?
「へぇ、かっけー! アンナちゃん二刀流とか大谷みたいじゃん!」
「さっさとしてください。こちらから仕掛けても構いませんか?」
「まあまあそう焦んないでよ。知ってる? 俺、この学校で一番有名な六角パーティに入学してすぐにスカウトされたんだぜ? つまり一年で一番強い将来有望株ってわけ。ま、俺に負けても仕方がないっていうか、そう落ち込まないでくれよ。いつでも励ましてあげ――」
「時間の無駄です」
「ぶげばっ!?」
豊久が愛良さんの斬撃を食らって吹っ飛ばされた。床を何度がバウンドして壁に激突しピクリとも動かなくなった奴に一瞬たりとも視線を向けず、愛良さんは俺たちに問いかける。
「次は誰が相手ですか?」
……豊久が馬鹿なのは確かとはいえ、あいつもそこそこ場数を踏んできた実力者であることは確かなはずだった。一年で一番かは怪しいが、将来有望株なのは間違いない。
それを一撃で沈めた愛良さんの桁違いの実力を、この場に居る全員が見せつけられた。
当然、誰も手を上げようとはしない。戦えば豊久のようになるとわかってしまったからだ。
「……この程度ですか」
愛良さんはポツリと呟く。それは落胆というよりは確認のような。あらかじめわかりきっていた、そんなニュアンスが含まれているようにも感じられた。
愛良さんは剣を先生に返そうとして、そこで初めてオレが手を挙げていることに気づく。それはクラスメイト達も同様で、オレを中心にざわめきが起こった。
「お、おい! やめとけって!」
「そうよ、豊久君みたいになっちゃうよ!?」
親切なクラスメイトたちの制止を振り切って、先生から木剣を受け取る。
「山本、お前の実力を見せてみろ」
先生だけはオレを止めようとはしなかった。なんでも先生は昔、爺ちゃんの下で少しだけ修行をしたことがあるという。だから、オレの剣の腕を知ってくれているのだ。
「……少しはやるようですね」
愛良さんはスッと目を細めて俺を見る。立ち居振る舞いから実力を図ろうとしているようだ。それができるだけでも相当な実力者だとわかる。
「山本さんでしたか? いつでもどうぞ」
「いや、そっちから来て構わないっスよ。いつでもどうぞっス」
「……では、遠慮なく行かせてもらいます!」
直後、銀翼が羽ばたいた。
彼女の二房の髪が翼のように後ろへ靡く。それほどまでの急加速。目にも止まらぬ速さで急接近してきたと同時、彼女は腰を引き絞って2本の剣を左から振りぬく。
オレはそれを、1本の剣で受け流した。
「――っ!?」
驚きに目を見開く愛良さんと視線が交錯する。斬撃の衝撃を木剣の上で滑らせて受け流しつつ体は前へ。右足を前に出し、そのまま愛良さんの体と入れ替わって体を反転。剣を構えて次の攻撃に備える。
「何ですか、今のは?」
追撃は来ず、愛良さんは狐につままれたような顔でオレを見ている。そんな彼女に、オレは昨日今日の溜まりに溜まった鬱憤もあって思わずこう返してしまっていた。
「この程度のこともわからないんスか?」
「……――潰しますッ!!」
おかげで銀色の弾丸が突っ込んできた。
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