熱、悠々、

@O9xne

序章

⠀今、幸せですか? それが彼女との最初の会話だった。

⠀じめじめとした空気の日だった、私はこの空気が苦手なので朝からずっと家で本を読んでいた。

急に、ピンポン と少し壊れた家のチャイムが鳴った。誰だろうと思いドアスコープを覗く。綺麗な女性だった。ロングで焦げ茶風の髪。私はドアを開けていた。

陽に照らされた綺麗な髪の女性がいた。

それと同時に彼女が驚いたようにこちらを見て言う。

「今、幸せですか?」と。

私は驚いた。こんな所で宗教勧誘などあるのか、と。昔誰かから聞いた、「今の暮らしに満足なのでお恵みは結構です」と言えばいいという言葉を思い出し発する。女性は俯いて言った。「そうですよね…」と。

彼女の仕草を少し疑問に思ったが、誰彼構わず勧誘する人に情など持たなくて良いと考えそのままドアを閉めた。

⠀次の日は、溶けてしまいそうな程暑かった。

冷蔵庫の中身が無くなってきたので足しにいく。近くのスーパーへ自転車を漕いで行った。

トマト、玉ねぎ、ハム、鶏肉、もやし と必要そうなものを買い店を後にした。

帰り道、ザワザワと葉の擦れる音に釣られ神社へ入った。境内の中は丁度よく木陰になっていて心地が良い。深呼吸をして辺りを見回すと人影があった。何故か心を惹かれ近付くと昨日の女性だった。「何をしているんです?」私は問いていた。彼女ははっと顔を上げ、「お恵を受けているのです。」と言った。あぁ、この方は…と思ってしまった。それ以上会話が続くことも無く、私は帰路についた。

⠀それから1週間は働き詰めの日々だった。毎日同じような作業をこなし家に帰る。正直いってこの仕事は金のためでしかない。それ以外にはもう何も無い。そんな臭いことを考え今日も家に帰った。疲れた 辞めたい などの感情はもう無い。とうの昔に消えた。代わり映えも、変わりようも無い日々を淡々と過ごしている。

⠀仕事をひと段落した次の日、ふいに何を思ったのか、この前の女性に会いたいと思い神社へ向かった。女性はこの前と同じ場所に座っていた。その横顔は寂しそうだった。「また、いらっしゃったんですね」そう言うと彼女は「もう、諦めたんです」と呟いた。何を言ってるのか私には理解が出来なかった。「どういうことですか?」と問いたがそれ以降、彼女は俯いたまま何も話さなかった。陽のせいだろう、上手く視界が開けない。溶けきってしまいそうな程暑い日だった。

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