第8話 散る

「白咲さんを見つけたら殺さず俺に報告をせよ。」

俺は幹部補佐の権限を利用し、他の部下たちに告げた。

俺にできることはこれくらいしか...

白咲さんはマフィア拠点へと向かった。たった一人で。


あの夜を思い出す。あの夜彼女が俺をどぶ底から救い上げてくれた。俺は少しでも恩を返せただろうか、彼女は死を望んでいた、だったら俺が助けに行くのは邪魔でしかないのではないか、そもそも俺なんかが向かってもなんの役にも立たず足を引っ張るのではないか、あらゆる思考が頭を巡る。では、俺のしたいことはなんだ。貧民街に居た頃望むものなどなかった。あえて言えばその日死なないための食料くらいか。今俺が望むもの、考えなくても分かる。本人には言えなかった。言いたくても言い出せなかった。決まっている。死なせたくない。もっと俺は白咲さんと一緒にいたい。マフィアなんて立場はどうでもいい。俺の見つけた生きる理由はマフィアにはなかった。白咲さん自身だ。先のことなど考える余裕も時間もない。白咲さんに貰ったコートの肩を強く握り締める。体は自然と走り出していた。俺は今まで生きてきたなかで一番速く走っていた。


俺は街に入るが、多くの警察官が動いていた。度外視していた。だが、今総動員しているのも当然か。マフィアを潰す絶好の機会なのだ。これも白咲さんの計算の内なのだろうか。だが今はどうでもいい。とにかく拠点を目指す。

拠点ビルの周りにはまだ警察はいないようだった。正面口に、既に死体があった。おそらく白咲さんがやったのだろう。俺はビルの階段をかける。首領の部屋を目指す。廊下にも多くの構成員が倒れている。発砲音が響いた。俺は足を更に速める。

「はぁはぁはぁ...」

首領の部屋の扉は開いていた。

中で立っていたのは白咲さんだった。奥に首領と側近が倒れていた。それ以外にも部下が数名死体となり転がっていた。白咲さんがこちらを振り返った。

「来たんだね。」

そういうと微笑みを見せ、白咲さんの体が前のめりに倒れた。

俺は急いで駆け寄り抱きかかえるように支えた。

白咲さんの服には大量の血が染みていた。返り血ではなく白咲さん本人のものだ。どうみても致命傷だった。

「相撃ちってところかな?この人数あいてに私よく頑張ったでしょ?」

「もう喋らないでください、すぐに手当てを...」

「ふふっ、だめだよ、普段の冷静さがなくなってる。霞君の長所のひとつなんだからさ、まぁ私のために冷静さを欠いてくれているなんて嬉しいけどさ。私はもうすぐに死ぬ。だから最後に聞いて?」

白咲さんの手がそっと俺の頬に触れる。

「霞君、最初に私に、聞いてきた、よね、生きる理由、見つかるかって。」

言葉が途切れ途切れになっていくのが伝わる。

「本当は、ね、あの時すぐに、言いたかったんだ、でも、君に、指針のようなものを、与えたかった、生きる理由なんて必要ないんだよ。君が君として、生きていれば、いつか、誰かが君のことを、必要としてくれるから。だから生きて。これからも、そして、私はやり方を間違えたけど、叶や私がしたかったこと、霞くんの人生だから、私が口出すのは、図々しいと思うけど、もしよければ、たくさん人を助けて。弱い人を守ってあげて。それから、孤児院もお願い、できるかな?服とか食べ物、の恩を、私に返すとおもって、さ。」

この状況でもちょっとした冗談を挟む。俺はこの人のこういうところが好きだったんだと改めて実感した。俺は少し震えながら声を絞った。

「分かりました。そうします。それから...」

俺は伝えたかった。感謝の気持ちを、でも言葉が出てこない。その代わりに溢れ出してくるのは...

「男の子なんだからそんなに泣いちゃだめだよ、私なんかのために泣いてくれるなんて嬉しいけどさ。ふふ、言葉に出さなくても分かるよ。」

この人はいつも俺の心を見透かす。

「こちらこそ、君といた時間は本当に楽しかった。ありがとう。

霞君なら必ず...」

そういうと白咲さんは力尽きた。俺の頬に置かれていた手もふらりと垂れ下がる。

俺は彼女の遺体を抱きかかえ、ビルから出た。

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