第5話 守ってきたもの

幹部補佐に任命された日から多くの任務をこなした。白咲さんと共に行動する日もあれば、単独で任務に臨む日もあった。種類は様々だったが、俺に言い渡される任務は大抵が、他組織との会合や武器取引、敵対者に対しても、生け捕りを命じられていた。首領から直接ではなく、白咲さんから任務を受けている。俺はもしかしたら、人を傷つけない任務のみを俺に斡旋しているのではと考えたが、真意は分からない。

そして今日もまた、白咲さんから呼ばれていたため、俺は起床し、準備を整えていた。思えば何から何まであの夜から変わった。しっかりとした寝床で、しっかり睡眠を取るなんて、あの時には想像も出来なかっただろう。

「そろそろ時間か...」

部屋を後にし、俺は白咲さんと待ち合わせているビルの前に向かう。

「おっ、来たね、おはよう!」

本来であれば、部下が上司より遅れてくるなどご法度かもしれない。

少なくとも俺はその認識だ。だが、今は待ち合わせの20分前だ。

「相変わらず、お早いですね。」

彼女はいつもそうだ。必ず俺よりも先にいる。

「さて、今日の目的地に向かおうか?」

しかし、いつもと違うところに俺は気付いていた。

「今日は運転手がいないんですね。」

「そう、今日は私が運転するね。君が来る前はいつも一人で行ってた場所なんだ。」

「...?仕事ではないんですか?」

「まぁね、肩の力抜いてていいよ。」

どこへ向かうか検討もつかなかったが、俺は車に乗り込み、助手席に座った。

車内で何気ない会話が続き、しばらくすると見慣れない景色が続くようになった。

日本の都心部とは思えないほどの自然、ぽつぽつと住宅が建っているが、所謂田舎というものだろうか。

「そろそろ着くよ。」

辺りにはほとんど何もないと思っていたが、遠方に大きな古めかしい建物が見えた。

車が到着すると、建物からたくさんの幼い子供たちと年老いた、老人が出てきた。

「ここはね、私が幼少の頃過ごしていた孤児院なんだ。」

思いもしていなかった言葉に少し驚いた。表情に出ていたのだろうか。

俺の顔を見ると、白咲さんは笑みを浮かべ、

「言ったことなかったもんね、誰かを連れてくるのは実は初めてなんだ。」

子供たちは駆け寄ってきて白咲さんに飛びつく。おねえさんと呼ばれていた。

「あっ、もちろん実の弟や妹ってわけじゃないからね、後輩みたいなもの。」

説明を求めた覚えはないが、白咲さんが説明した。後輩か...つまりこの子供たちは...

老人が俺に気付き、会釈をしてきたので返した。

「愛美ちゃんのお連れさん?珍しいわね。」

「白咲さんの部下です。」

俺は正直に答えた。

「部下...。じゃああなたも...」

あなたもというのはマフィアのことを指しているのだろうか。

それから白咲さんはよく見れば10人近くいるだろうか子供たちと中庭のような場所で遊んでいた。俺と、孤児院の院長はテラスに腰をかけた。院長のそばには院長よりも若く、俺や白咲さんよりは一回りほど年をとってそうな女性が立っている。

「そう、愛美ちゃんにねぇ...」

俺はマフィアに所属することになった経緯を話した。

「あの人が居なければ、あの灰色の貧民街で生きる理由を見出せずにずっとただ生きているだけだったと思います。」

「救われたのね、あなたも。」

院長の話によると、白咲さんは、こうして定期的に孤児院を訪れ、運営資金や食べ物を持ってきて、子供たちの遊び相手にもなっているそうだ。そして...白咲さんの過去についても聞いた。幼少からの親友と孤児院を卒業し、共に暮らしていたが、その親友が亡くななり、今はマフィアに籍を置き、孤児院を守っているという話を。

それから夕暮れになり、孤児院を後にした。子供たちがとても寂しそうにしていたのが印象に残った。あの子供たちにとっても白咲さんは救済になっているのだろう。

「今日は付き合ってわせてごめんね。」

「いえ、そんなことは。ただひとつ聞きたいのですが、俺を連れてきた理由はなんですか?」

「...院長に話は聞いた...よね?」

「はい、過去のことを少しばかり。」

「そっか。」

それから少し沈黙をはさみ、白咲さんは普段見せない真剣な表情になり、

「もし私になにかあったら、孤児院を、あの子たちをお願いできるのは君くらいだからさ。その時はお願いね。」

そう聞いた俺は、少し不安な気持ちになり、なにも返せなかった。

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