第3話 上司と部下
「なんだこれ?」
「見てわかんない?スーツだよ、それとコート」
「勧誘しといて、ちょくちょく馬鹿にしてくるよなあんた。そんなの見れば分かる。そのうえでなんだって聞いてるんだ。」
「マフィアに所属するうえでの制服みたいなもんだよ。私からのプレゼント!」
妙に高いテンションで白咲は言った。
ヘリでビルのような場所へ連れてこられた。まずは、白咲を迎えに来た部下らしき人に身なりを整えるようにとシャワーを浴びさせらた。それから綺麗な新品の白シャツと黒ズボンを渡されたので、それを着用し、待機していたところだった。
「スーツはまぁ決まりなんだろう。周りを見てれば分かるが。コートは?」
「霞君に似合うと思って急いで用意してもらったんだよ。
いらなかった?」
「...いや、もらう。」
「そっかそっか!ふふっ、もっと素直に喜んでくれてもいいのにぃ~」
実際見栄えは悪くなかった。鏡の前でそう思った。それと...なんだろう、この気持ちは、懐かしい感じがする。コートがじゃない、人に何かをしてもらうことにそう感じているんだろうが、上手く表せない。
「よしっ!身なりも整えたことだし、ここからはお勉強といこうか?」
「勉強?」
「そう、これから上司にあったりするときにそんな言葉遣いじゃまずいでしょ」
さらっとまた小馬鹿にされた気がする。
「それと、戦う訓練も。君は喧嘩が強いかも知れないけど、それだけじゃマフィアじゃ通じない。武術を学んでもらって、武器の使い方なんかも学んでもらう。」
それはまぁなんとなく分かっていた。俺は別に強くなんてない。ただ生きるためにしか戦ってこなかったし、武器なんて知ってるだけで正しい使い方なんて分からない。
「分かった。」
「じゃあさっそく、私に敬語、使ってみて!」
なんだか妙に楽しそうだが、思えばこの人は俺にとっては恩人のようなものかもしれない。そう考えると今までの態度も改めるべきかもしれない。
「白咲さん、今までの多くの非礼失礼いたしました。
これからご指導よろしくお願いいたします。」
...なんか妙な間があった。それから
「えーっと、多重人格的な?」
やっぱり、確実に馬鹿にされている。
「あなたが敬語を使えとおっしゃられたので使ったまでですが。」
「うん、そうなんだけどね。うーん...」
また少し間があった。本当に何か考えているのだろうか。
「まぁそれもそれでかわいいしいいかな。よし、基本的な言葉遣いはできるみたいだし、応用や色んな会話での状況とか、あと組織の構図とかの勉強しようか」
「分かりました。」
俺は彼女の背に続いた。かわいいという言葉だけが引っかかっていたが。
それから、彼女の言っていた通りのことを教わった。どうやら彼女は組織内に数名しかいない幹部という立場らしい。それを語るとき少し誇らしげだったのが鼻についた。幹部は部下を独断で自由に引き入れる権利を持っているらしいが、彼女はそれを俺に使ってくれたらしい。
...なんだろうか、この感覚、気持ちをどう表せばいいか分からない。
嬉しいのだろう、きっとそうだ。だが疑問もあった。どうして俺なのか。
「今日のところはこれでおしまいっ!ご飯でも食べに行こうか、もちろん奢るからさ!」
「ありがとうございました。食事、ご一緒させていただきます。」
俺はまた彼女の背に続いた。彼女の車の助手席に乗った。
車に乗るのは初めてだった。
「これから私の部下としてこうやって一緒に何かで移動することも多くなると思うけど、乗り物とか大丈夫?」
「お気遣いありがとうございます。問題ないです。」
そういって俺は窓の外を流れる景色を眺めていた。
もう夜だが、街は明るいネオンにつつまれ、活気付いていた。「下」の街とは随分と違いすぎて、なんだが変な感じだった。
しばらくして車は先ほどいたマフィアのビルに比べると小さめなビルの前につき、地下駐車場へと向かった。車を降り、俺はなすがままにまた彼女の背に続いた。
「ここだよ、いい雰囲気でしょ?」
とても物静かなバーのような場所だった。
「よく分かりません。食事を取るために店に入るのが初めてですから。」
「そっか、それは失礼失礼。でもここの食事もお酒もすごくおいしいんだ。
だから期待してて!」
それから彼女が店員に適当に品を注文していた。それから間もなくして料理やお酒が運ばれてきた。彼女の言動から察するによくこの店に訪れているのだろう。
「ささ、食べて食べて!」
妙にテンション高く食を勧められたため、遠慮なくいただくことにした。
「どうかな?」
感想を聞くのが早いと思う。今口にしたばかりなのだが。
「美味しいです。今まで食べたことのない味だ。」
正直な感想だった。当然だ。もっとも貧民街にいたころに比べると大抵のものは美味しく感じるだろうが。
「そっか!お口にあってよかった!遠慮せずにどんどん食べてね。」
「ありがとうございます。」
俺が食事を取っている中、彼女もまた食事を少し取りながらグラスに入ったお酒を飲みこちらを見て優しく微笑んでいた。その瞳はとても美しかった。
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