第八話 試練の終わり
僕の蒼刃が、ゴブリンロードの岩のような体を襲う。
筋肉の塊といって差し支えないその体は硬く、堅い。
事実、先程は食い込んだものの振り抜くことはできなかった。
ガキン!
またもや止まる剣身。
しかし先ほどとは違う。
振り抜けばおそらく、首を斬れるだろう。だが——
(よくて相打ちじゃねえか!)
ロードの立ち直りが思ったよりも早い。
これは剣士と剣士の戦いであって闘いじゃない。
命のやりとり——片方は死に片方は生き残る。ただそれだけ。
故に決闘のような『剣を折ったから勝ち』みたいなものはない。
文字どうり死闘。文字どうり必死。
僕はまだ死ねない。ロードを倒して死後英雄になりましたとか冗談じゃない。
僕は未来を生きるのだ。僕は前へと進むのだ。
それゆえに『糧』。
たしかにこの闘いに満足している自分がいる。この闘いさえあれば良いと思う自分がいる。
けど僕は——
「『星』になるんだ!こんなところで死んでたまるかぁぁ!」
僕は首を蹴り剣を引き抜き跳躍。
僕の下半身ほどはあろうかという手が迫っていたがそれを躱し、距離を取る。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」
激しく息を喘ぐ。双方態勢を整え、しばらく睨み合いが続いた。
——息を呑んだのは一瞬。
先に動き出したのはロードだった。
そのことに僕は目を見開く。
今までロードは強者だった。
事実ロードは反撃や終わりと思ったらとどめを刺そうとすることあれど、自ら動き出すことはなかった。
自分よりも圧倒的高みにいた。
僕は弱者でロードは強者。
挑戦者は僕で壁はロードだった。
それが今覆った。
ロードが自ら踏み込んだ。
ロードが対等だと認めたのだ。
そのことに歓喜を覚え震える僕と悪戯を成功させた子供のように嗤うロード。
ロードの両拳による連打が迫る。
それは山から勢いよく転げ落ちる無数の岩に見えた。
ロードの気概に応えんと構える僕。
一瞬いなすか躱すか逡巡するが悪寒がし、躱す方を選択。
——刹那。
先程まで僕がいた場所に嵐が走った。
空気を抉り、突き抜けていくロードの拳。
拳こそ避けたものの血風が鋭く僕の皮膚を切り裂いていく。
ロードの纏っている朱色にはこういう効果もあるようだ。
(まずい!!)
ゴブリンロードの猛攻が容赦なく僕を襲う。
拳を中心に発生する嵐が、その周りを巡る風が、僕の体を血で塗っていく。
拳だけでなく風も回避したいが隙間を埋めるような乱打が、僕の身体能力がそれを許さない。
(このままじゃジリ貧だ!)
ただでさえ限界を超えているのだ。そこに出血が加わったら一瞬で気を失う。そこで負けだ。この戦いは緻密なバランスの上に成り立っているのだ。いつ崩れてもおかしくない土台の上に。
(ならまた真っ向勝負か?)
それも無理だ。押し切れなくはないだろうが押し切る前にもう一方の拳がくる。
突破口が見えない。ジリジリと追い込まれていく。足に力を込めようとすると膝から崩れ落ちそうに、気を失いそうになる。
一か八かの大勝負に出ようとした、その時
「!!」「!?」
ゴブリンロードの態勢が崩れた。
膝から崩れ、頭に手を当てるゴブリンロード。
多量の血を流しながら派手な動きをしたことで血が足りなくなったのだ。
僕は猛然と走り出す。こちらも先程からクラクラとしてきている。限界が近い。
全身に力を、全力を出せるのはあと一回。出せる技はあと一発。これを外せば終わり。これを防がれれば負け。逆もまた然り。
二度傷つけた首を狙う。当たれば確実に勝てる。しかしそれは向こうも承知。でも、
「やるしかない——!!」
僕はロードの前に立つ。まだロードは復帰していない。
僕は足に力を込め跳躍する。ゴブリンロードは態勢を立て直す。
僕は剣を振り上げる。ロードは両手を眼前に束ね防御態勢を取る。
「『すいせぇぇぇい』!!!」
『彗星』とロードの岩腕が激突。
再び舞う氷華と血風。
「うおおおおぉぉぉぉ!!!」
「ぶおおおおぉぉぉぉ!!!」
(押し切れ!押し切れ!絶対に勝つ!絶対に勝って生き残る!)
ロードの腕に刃が食い込み剣身には耐えきれずヒビが入る。
食い込んでいくたびに剣に綻びが広がっていく。
——腕を両断。しかしそれと同時に剣が折れた。
露わになったロードの顔に勝利が浮かび、
「あああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
諦めの悪い駄々っ子のように僕が叫ぶ。
「まだだ!まだいける。まだ行けるよなぁ『彗星』!」
蒼の輝きが濃くなっていく。それに沿って折れた箇所から——氷剣が浮かび上がる。
「!?」
ゴブリンロードの顔が驚愕に染まる。
そして僕は
「うおおおおぉぉぉぉ!!!」
その蒼き切っ先をロードの首へと伸ばし、
「斬れろぉぉぉぉ!!」
ゴブリン種最上級魔物、ゴブリンロードを討ち取るのだった。
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