7 防衛戦
ゴーン、ゴーン
始業を知らせる鐘が鳴り響き、今日も一日の始まりを告げる。
今日は一限目から俺の授業が入っているからな、あぁ緊張する。
「みんなおはよう!」
「先生おはよう!」
相変わらず返してくれるのはオスカーだけだが、心なしか生徒の視線は柔らかくなった気がする。
証拠に、俺が何か言っても舌打ちが返ってくる事はなく、その代わりに沈黙が返答とされる。
と言うかこれが教師としての普通なのだろう。いや、普通ではないか。
エマも夢現ではあるが席に座っているのも進歩だな。
そうして何事もないかのように授業が進んでいると思った時だった。
ガンガンガンガンガン
聞きなれぬ鐘の音が校内に轟く。
「ゴブリンの集団が向かってくるぞぉぉぉ! 避難しろぉぉぉ!」
どこからか緊迫した雰囲気の伝わる声が。
その声が響いたと同時に、外はざわめき始める。
警告だけしといて避難指示はないのかよ。
避難訓練とかはしていないのか?
「みんな落ち着いて。避難したいけど……ゴブリンはどこから来ているんだろう」
「チッ、たかがゴブリンだろう。逃げる必要があるのか?」
「そう言うなカイ。油断大敵だ、先生の指示通りに動こう。監視塔に行ってみるか?」
監視塔か。状況がわからないし、そうした方が良さそうだな。
オスカーの案内で俺達は監視塔へ向かう。
流石に大人しく着いてきてくれているみたいだな。
「ここだ、着いたぞ」
登る方法は階段だけか……
校舎と見比べた感じだと、高さはビル10階分くらい。
やっとのことで登り切ったが、そこには誰一人いなかった。
おい、ここに常駐しているはずの兵士はどうした!
ここにいた奴が状況の伝達しなきゃ避難が遅れるだろ!
「先生落ち着いて」
「あぁそうだった、ごめん。で、状況は……」
見えにくいが、遠くに見える砂煙が件のゴブリンの群れだろうか。
まずくないか? このままだとこの学校に来る前に、街に到達することになるぞ。
しかも相当な数のゴブリンだ。街の駐屯兵だけで防げるか怪しいぞ。
こうしちゃいられない。
街に加勢しなければ。
まぁ俺一人だけで行っても、大した増援にならないだろう。
だけど生徒を連れ出すのもなぁ……
そうだ! 教師陣を連れて行こう。
俺は人の集まっていた広間に向かった。
ざわざわとしていて、生徒達の困惑が伺える。
フリーダは一人で人数の確認をしていた。
「街にゴブリンが到達します! 共に増援に向かってくださる教師の方いますか!」
俺の声が広間に響き、場に沈黙が流れる。
あれ? 誰一人着いて来てくれる様子がない。
そして先程とは違う、嘲笑うかのような小声が聞こえ始める。
「君は新入りなのにも関わらず、どうしてそこまで偉そうなのだ! 生徒を守るのが教師の務めだろう!」
「では分担すればいいのではないでしょうか」
「万一の事があったらどうする!」
俺の提案は、初老の教師に一蹴されてしまった。
生徒を守る? なにもしていないくせによく言うわ!
見てみろ! 今この場で働いているのはフリーダだけだぞ!
そこまで言うならフリーダの手伝いでもしろよ!
俺が新参者だから人望が無いのはわかっている。しかし、これは到底看過できない。
それに、ただの教師ではない、士官学校の教師なんだ。率先して国民を守る姿を見せるべきではないのか?
もういい、俺が一人で行く。
「シグレ、私も行こうか?」
「いいんです。危ないので、フリーダはここに。あと、何かあったら困るからオスカー達も来ないようにね」
俺は広間に背を向け、街に向かって走り出した。
街には門が二つあり、塀に囲まれている。
学校側の北門と、反対の南門だ。
街は不気味なほど静かだ。避難したんだろう。
「おい、何している!避難しろという指示が聞こえなかったのか!」
「いえ、増援に来ました。レスタルク士官学校の教師です」
「と、とんだご無礼を!ありがたいです!」
兵士達の他に、冒険者らしき人たちがまばらに見受けらるな。
兵士は100人程だろうか。大体全戦力がここに集まっているようだ。
最近の俺は、外出する時はフード付きの外套を身に纏っている。
黒髪を隠すためだ。
そんな事はさておき、状況はどうだ? 煙を見た感じもう到達しそうだ。
……まずいな。こちら以上の数がいるぞ。ゴブリンは弱いが、ちらほらと上位種か? 一回り大きい個体もいる。
「二百体はいます。この数だとこんな塀は簡単に越えられそうです。門前での籠城戦は無理そうではありますね」
顎に手を当てて兵士長が言う。街を出て、平原で戦うようだ。
兵士の質がわからないが、通常のゴブリンとは戦えるだろう。
上位種はどれくらい強いんだ? まぁいけるか。
「俺が上位種と戦うので、それ以外の方で通常種と戦って欲しいです」
「で、ですがゴブリンロードと一人で戦うのは危険すぎます! 数も多いですし……」
「大丈夫です。俺はこう見えても校長直々に教師にスカウトされたので」
「な!? ではお願いしてもよろしいでしょうか!」
「えぇ」
こうも言わないと納得してくれなさそうだったからな。
まぁ嘘は言ってないし、いいだろう。
兵士長が兵士や冒険者に説明をした。
全員が一回は俺の顔を見る。
上位種ってのはそんなに強いのか? 少し不安になってきた……
「もう時間がないぞ!配置につけ!」
兵士長らしき人の一喝に、全員が門を出て行く。
百人程とは言えど、隊列を保って前進していく姿は迫力満点だった。
____________________
一方、士官学校の広間では。
「聞いた? ゴブリンロードも出たらしいよ」
「えぇ、大丈夫?」
「大丈夫だって。万が一学校に到達されても、こっちには優秀な教師陣がいるんだから」
「それに特待クラスにはオスカー様や魔法の天才がいるんだから」
ある女子生徒の興奮した声に、一部の教師は鼻の下を伸ばしている。
「今天才っつた? 言ったよねぇ?」
「ちょエマ落ち着けって!」
その隅では一悶着が。
シグレの学級のクラスが何やら話し合いをしている。
「まぁ心配なのは同感だな」
「せんせーなら大丈夫でしょ。無駄に強いし」
「でもゴブリンロードだぞ?」
「チッ、そんなに気になるなら行けばいいだろう」
「あぁそうだな」
「なんだかんだ着いてきてくれるんだな」
「チッ、お前の護衛なんだから仕方ないだろう。そもそも最初からそのつもりだろう」
「不本意なんだけど、王弟様が行くってのに俺達が行かないってのもね」
「頼りになるな」
シグレの生徒達はシグレに遅れて街に向かったのだった。
広間を勝手に抜け出したことで、フリーダが焦りに焦ったのはまた別の話である。
____________________
上位種が兵士を狙ってはいけないので、俺は隊列を無視し、先行して走って行く。
刀を抜き、上位種に対峙した。
間近で見るとデカイな。二メートルはありそうだ。
「ギャォォォン」
上位種は俺に気がついたみたいで、巨大な棍棒を掲げて向かってくる。
ゴブリンは直ぐに突っ込んでくる。それはこいつも同じらしい。
上位種になっても脳味噌は育ってないみたいだな。
駆けて行って、上位種の脇腹を切り裂く。
上位種も棍棒を振り下ろそうとしてはいたが、遅すぎ。
そのまま上位種を通り過ぎ、俺の背後で何かが崩れ落ちる音がする。
先程まで上位種のいた場所には、握り拳サイズの宝石が一つ転がっていた。
なんだ、案外余裕じゃないか。兵士が不安ばかり煽るから心配だったが、杞憂だったみたいだ。
向こうでは、兵士達が俺を見て唖然としているが……
余所見していたら危ないですよー。
「この戦い勝てるぞー!」
「「ウオォォォォ!」」
勝手に士気が上がっているが、まぁいいか。
さてと、上位種はまだまだいるし、油断は禁物だ。
俺は次の上位種に向かって走り出した。
……これで上位種は全部倒したかな?
兵士達も余裕とは言えないが、善戦を繰り広げている。
まぁ、普通のゴブリンも倒せないで兵士にはなれないわな。
俺も一段落ついたし、加勢に行くか。
そうして、ふと街の方に目をやると、オスカー達が口をあんぐりと開けて俺を見ていた。
なんで来てるんだよ……というか全員いるし。
俺の視線に気づいたのか、こちらへ向かってくる。
「待っててと言った筈だけど」
「せ、先生強過ぎないか……?」
聞く耳も持たないか……
んで強過ぎって……この程度ならオスカーでも戦えるだろ。
「いや上位種一体を二人で倒せるか怪しいぞ」
「まさかな」
「まぁいいや。残ってるのはゴブリンだけだし、実戦演習でもする?」
そうして抜き打ち実戦演習が始まった。
全員危なげなく、着々とゴブリンを処理していく。
オスカーとエマしか戦っているところを見たことがなかったが、全員兵士以上の実力はあるみたいだ。
流石は名門士官学校ってとこか。
相変わらずエマの魔法は圧巻だな。一発で十体は消し飛んでいる。
で、カイは血に飢えているのか? 笑いながら次々と薙ぎ倒している。一応護衛なんだからさ、オスカーの近くに控えるとかないのかよ。
二百体以上はゴブリンがいた戦場は、あっという間に静かな平原に戻っていた。
「わ、我々の勝利だ!」
「「うおぉぉぉお!」」
兵士長のあげた勝鬨に、兵士や冒険者が叫びで呼応する。
比喩抜きに地面が揺れ、体の底から熱くなってくる。
「この勝利も教師様のおかげです! ありがとうございます!」
「いやいや、兵士の皆様の頑張りがあってこそですよ」
「そうだ! 先生方もこの後の宴に是非!」
宴かぁ……楽しそうだな。
生徒の方を見ると、皆頷いている。
せっかくだし参加するか!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます