8 校長

 

 その後は街一番の酒場で宴となった。

 勝っても負けても宴を開いて、死者を温かく送り、生き残ったことに感謝するのがこの国流らしい。

 気がつけば、俺と生徒達は街のヒーローとして持て囃されていた。

 カイも満更ではなさそうで、薄く赤色になった顔を背けてそっぽを向いている。


 町長や街の人も参加しており、報奨金を払いたいと言ってきた。

 しかしオスカーはそれを断った。実戦の経験になっただけで十分な財産だとさ。

 他の生徒も異存はないらしい。この人格者共が。

 ただ、エマだけはその限りでは無かったようだが、後でスイーツ買ってやると耳打ちしたら直ぐに納得した。

 扱いやすいやつめ。


 踊り子の踊りを楽しみ、美味しい料理に舌鼓を打つ。

 なんて楽しい時間なんだろう。ついさっきまで命懸けの戦いをしていたなんて想像もつかない。


「宴の時くらいこんなフード取っちまえよ! 」

「あ、ちょっ」


 兵士の多くに酒が回って来た頃、一人の兵士が俺のフードに手をかけた。

 俺は咄嗟に抑えようとしたが、間に合わなかった。

 フードが脱げ、黒髪が露わになる。


「え……黒髪?」


 あんなに賑やかだった酒場は一転して静かになり、俺に視線が集まる。

 どうせ態度を一変させるんだろうな……


「英雄の紛い物……」

「に、偽物」

「……異端者だ」


 そういった声がポツポツと聞こえ始める。

 オスカー達は何も言わずに飲み物を口にしていた。


 世間的に見て俺が常識外れなのは分かってるしな。そうなるのも仕方がないだろう。

 帰ろうと思い、席を立った。


「ち、ちょっと待つのだ! 事情も知らずそう言うのは間違っておるのではないか? 実際、彼がいなかったらこの街は危うかったのだぞ! 」


 俺が酒場を出ようとした時、町長が声を荒げて叫んだ。

 意外な言葉に足が止まってしまった。


 兵士達も「確かに……」などと、受け入れてくれ始めたようだ。

 その後、口々に謝罪を述べる兵士達。

 町長はなかなかの人格者なようだ。

 この先もこの街にはお世話になろうと決めた。


 宴は再開され、最初以上の盛り上がりを見せた。

 少々謝罪され過ぎてうざったかったが、俺はすっかり街の人に認められたようで、嬉しい限りだ。 


 宴もたけなわではあるが、気づけば空は暗闇に染まっていた。

 ‥‥ん。今何時だ。

 壁に掛かっていた時計に目をやる。

 ……てっ、もうこんな時間か! 門限過ぎてんじゃん! かれこれ四時間は宴をしていたみたいだ。

 今日は外出届を提出し忘れていない。門限を過ぎる予定の時は届け出なければならないというのが士官学校のルールだ。


「もう行かないと! 今日はこの辺で失礼します! さぁ皆帰ろう」 


 爆睡しているエマを背中に乗せ、酒場を後にした。

 兵士達は俺達が見えなくなるまで手を振っており、生徒は名残惜しそうに時々振り返っていた。


 その道中、「それにしても先生は強いな!」と笑うオスカー。

 そんな言われると照れるなぁ。 


「な、カイもそう思うだろ?」

「なんで俺に話を振る! チッ、お前また酒飲んだだろ」

「まぁまぁそう怒るなよぉ」


 オスカーとカイが毎度の如くじゃれ合っている。相変わらず仲良しだな。

 ……って酒飲んだの!? まだ未成年だろ!

 い、いや、この世界ではいいのかもしれない……というか、そう信じよう。 


「確かにあなたの人間性は教師として尊敬に値します。この学校の教師は自己顕示欲の塊の塵ばかりですが、あなたは信用して良さそうですね」


 真面目そうな女子生徒が顔色を一切変化させずに言う。

 本当にそう思ってくれたんだよな?

 嬉しいのだが、塵って……そこまで言わなくても……


「確かになぁ。校長が変わってからの教師は調子乗りすぎてる」


 そうだったのか……道理で偉そうな奴ばっかりなわけだ。

 ルイーサも大変そうだな。何か俺にできることがあればいいんだけど。


 士官学校に戻った頃にはすっかり空は暗くなり、校長室に入るのが少しばかり怖かった。

 恐る恐る扉を開くと、そこにはいつも通り紅茶を飲むルイーサの姿が。


「遅いわよ! 何かあったのかって心配したじゃない!」

「……すいません」


 案の定、声を荒げるルイーサ。

 部屋に入った瞬間、ルイーサは壁の方を向いてしまった。  


「まぁ……今回はお手柄だったみたいだし、見逃してあげる」

「あ、ありがとうございます」

「……それと、あ、ありがとう」

「え?」


 不意に俺を見るから、少しばかりドキッとしてしまった。

 感謝されるようなことをした覚えはないぞ。


「あの老害爺に正論言ってくれたじゃない。正直あいつ調子乗り過ぎてて、鬱憤が溜まっていたのよね」

「あぁ……」


 俺が何事かわからず思案顔だったので察したのか、ルイーサが続けて口にする。

 にしても老害って……確かにそんな感じはしたけど。


「でも校長なら辞めさせられるんじゃ」

「残念ながら私はお飾りなのよ。無駄に位の高い家出身の老害共が、この学校を支配してる状態なのよね。お父様には従順だったのに」

「そうだったんですか……」


 ランタンの火に照らされるルイーサの横顔はどこか儚げだった。


「無責任ではあるけど……あなたがこの学校を良くしてくれることを期待しているわ」

「お、お任せください」

「さぁ、食堂に行きなさい! もうすぐ閉まっちゃうわよ!」


 ルイーサは憂いの残る笑顔を向けて、俺を部屋の外に押し出す。

 俺は軽いお辞儀をして校長室を後にした。


 この学校にそんな問題があったなんて……

 食堂への道中、どうすれば良くできるのか考えることにした。

 やっぱり老害教師を改心させるか、淘汰するかの二択しかないのか?

 でも位の高い貴族なんだよな……淘汰するのは無理か。


 ルイーサのお父さんがどのように管理していたのかを知るべきか……

 となれば、こういう話題に詳しいオスカーにでも尋ねてみるか。



「なぁオスカー、前校長について知りたいんだけど……」

「前校長? どうしてだ?」


 事の成り行きを説明すると、納得したかのように頷いた。


「それなら俺じゃなくて、もっと詳しいのがいるぞ」

「え、誰? 紹介してほしい」

「わかった、今日はもう遅いし、明日尋ねるとしよう」


 というわけで、今日は自室に戻ることにした。 

 あ! まだ夕食食べてない!


 足早に食堂へ向かったが、案の定もう提供時間は終わっていた。

 ……ん? 閉まったはずの暗い食堂に、一抹の灯りが見える。


 近づくと見慣れた赤髪が冷蔵庫の前で揺れていた。


「おーいエマ、また漁ってんのかー?」

「げっ! せんせーまたストーカー!?」

「違うわ! 腹減ったから食堂に来たんだよ」


 するとエマが何かを差し出してきた。

 パンみたいだな。


「賄賂なら受け取らないぞ」

「街救ったんだから、これぐらい盗ってもバチは当たらないでしょ」


 ……まぁいいか、今日ぐらいは。仕方なくパンを受け取った。

 誰もいないだだっ広い食堂に、二人で腰掛ける。


「賄賂は受け取らないとかカッコつけていたくせに、美味しそうに頬張るじゃん」

「腹減ってたんだよ」

「宴でお腹一杯食べたんじゃないの?」

「後半はほとんどの食事が空いてたからな」

「ふぅん」


 ニヤニヤとこっちを見るな!

 俺の食い意地が汚いみたいじゃないか!

 どうにか話題を逸らせよう。


「そういや、食事の提供時間が終わっても食堂の鍵は開いてるんだな」

「いや、合鍵を盗ったの」

「え? 盗賊でも目指してんの?」

「朝ごはん食べないし、いいでしょ。埋め合わせ的な?」


 いや、よくはないだろ。

 そもそも早く起きりゃいいだろ……って言っても無駄か。


「そうだエマ。前校長について何か知ってる?」

「んー、口髭が似合ってた」

「そういう外面的なのじゃなくて……」

「えー……もっと詳しいのが身近にいるよ。明日紹介してあげようか? ……と言っても同じクラスだけど」

「よろしく頼むよ」


 オスカーからも紹介してもらえるし、明日には大量の情報が集められそうだ。

 パンも食べた事だし、そろそろ寝るかな。


「じゃ、寝るわ。勉強もほどほどにな」

「んー」


 なんだよ勉強はほどほどにって。

 普通反対だよな。自分で言ってて混乱してくる。


 こうして波乱な一日も幕を閉じた。 

 そして、また波乱な一日はやってくる。

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異世界で教師になった俺、生徒の相談に乗っていたら英雄になる @siimorisiki123

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