4 王弟
お、王弟!?
「それって王様の弟ってこと!?」
「そうだが、知らなかったか?」
おいおい、嘘だろ……
これは責任重大すぎる。
何か不祥事を起こしたら首が跳ねるぞ……
こりゃ別の意味で教師を辞めさせてそうだ。
「王弟という立場ではあるが、ここでは教師と生徒の関係だ。オスカーと呼んでくれて構わないし、敬語もいらない」
「わかった……」
「そうだ、この学級で上手くやっていけそうか? あいつらは優秀なんだが、協調性が著しく欠如していてな……」
「今の所は不安しかないかな。俺は教師のはずなのに、皆が怖くて怖くて……まったく、みっともないよな」
「そうなのか……それは、学級長として謝らせてくれ」
オスカーが俺に向かって深々と頭を下げる。
学級長なのか……彼も色々と大変なのだろうな。
よく見れば、目の下には隈ができていた。
「いやいや、いいんだよ。誰だって得体の知れない教師が来たら警戒もするだろう」
それに俺はこの世界では異色の黒髪なんだ。
厳しく当たるのも無理はない。
そういえば、オスカーは普通に接してくれるな。何故だ?
そうして、歩く事十分。教室に到着した。
まったく、無駄に広いな。
もちろん教室には誰もいない。
そりゃ始業より一時間以上も早いからな。
「先生はこんなに早く来て何をするんだ?」
「掃除でもしようかなって。生徒に慕われる為にはこういう地道なものの積み重ねだと思ってね」
「おぉ、それはいい考えだな! 私にも手伝わせてくれ!」
「いいって。それに、何かやることがあって早く来たんじゃないのか?」
こりゃ全く聞いていないな。既に箒を手に持っている。
まぁ、オスカーがいいって言うならいいんだけど。
そうして掃除を始めた俺達だったが、教室は常に綺麗に保たれていたみたいで、予想以上に早く終わってしまった。
始業まで三十分以上も残っているのに手持ち無沙汰になった。
適当に雑談でもして時間を潰すことにした。
「先生はどうして教師になったんだ?」
「街で襲われていた校長を助けたら抜擢された」
「ハハッ、校長らしいな。あの人も最近校長になったばかりだから、それなりに苦労しているらしい。彼女のことをよく思っていない教員も多いみたいだ」
なんでも伝統あるこの士官学校は、校長が世襲制らしい。
つい最近、前校長が亡くなってしまったのだ。だからあんなに若いのに校長をやっているのか。
それにあの人も苦労しているみたいだ。確かにこんな問題児学級を遺されても困るよな。
そりゃ血迷って俺みたいなのを採用するわけだ。
「そうだオスカー。ここの学級の皆と仲良くなるにはどうすればいいと思う?」
「そうだなぁ……あいつらは自分より弱い奴を相手にしないとこがあるからな……強いところ見せたらいいんじゃないか? 校長自ら抜擢したってことは相当強いんだろ?」
強いのかなぁ。
弱くはないと思うけど……いまいちこの世界での基準がわからない。
それに見せる場面が無いし……
訓練の時間には来てくれないだろうしなぁ。
「そうだ!俺と手合わせをしないか?」
「オスカーと?」
「あぁ、誰かがそれを見れば先生の強さがわかると思う」
えぇ……オスカーを怪我させてしまったらどうするんだよ。
もう教師をやっていけない。それどころか命がないだろう。
「あぁ、士官学校にいる時点で怪我をするのは百も承知だ。気にせず打ち込んでくれ」
「まぁ、オスカーがそういうなら……」
そうして放課後……
俺とオスカーは中庭に来ていた。
この学校には訓練場があるが、あえてこの場所にしたのはうちのクラスの寮に近かったからだ。
皆が見てくれるだろうという目論見だ。
「じゃあ始めようか」
お互いの武器をコンとぶつけて、試合が始まった。
オスカーは訓練用の先が柔らかい槍、俺は陰で創造しておいた訓練用の剣を手にしている。
開始早々、オスカーから素早い乱れ突きが放たれる。
見切れないこともないが……なかなか剣の間合いに捉えられない。
ここは一回踏み込んでみるか。
俺の胸部を的確に狙ってきた一撃を剣で受け流すと同時に、姿勢を低く落として一気に駆け出す。
一気に近づき、そのまま勢いよく切り上げた。
なにっ? 防がれた?
決めに行ったんだけどなぁ……
俺が隙だらけになったところを、今度はオスカーが決めに来る。
思いっきり腕を上に振り上げている俺は、完全に無防備だ。剣で防ぐのは間に合わないだろうな。
横に薙いでくるか……
避けられるか?思い切り体を後ろに反らす。
次の瞬間、俺の頭上を布でできた矛先が通り過ぎた。
避けられた……
「それを避けるか!」
オスカーは驚きを隠せないようだ。大丈夫、俺も驚いている。
まったく、身体能力強化の底が知れないな。体も柔らかくなるのかよ。
グンっと姿勢を戻してオスカーに詰め寄る。
そして、剣を首元に当てた。
「俺の勝ちっ」
「ハハハ、先生強いな! 私も結構本気だったんだけどな」
オスカーは笑いながら手を叩いている。
俺、一騎打ちなら案外戦えそうだな。
でも肝心な観客は……
いない?
「でも、誰も見てくれなかったな……」
「いや、そんなことはないぞ。おーいカイ!隠れてないで出てこーい」
オスカーが口に手を当てて叫ぶ。
俺も周りを見回してみるが、開始前と変わらず人気がない。
そう思った次の瞬間、柱の裏から飛び出す影が。
「チッ、いちいち呼ぶな」
「そう言うなよ、今の見ていたろ。先生すごく強いぞ!」
な!?
彼はその心ない発言で、俺の心に傷をつけた青髪の青年じゃないか。
「紹介するよ、彼はカイだ。一応俺の護衛的立場だが、もはや友人だ」
「よ、よろしく」
曲がりなりにも護衛なのに、まったく王弟に対する口の利き方じゃないな……
オスカーは笑っているから問題ないんだろうけど、見てるこっちがヒヤヒヤする。
「で、カイ的にはどうだ?先生の強さは」
少しの間、場を静寂が支配する。
俺は無意識に唾を飲んだ。
「おい貴様、後でその剣技を教えろ」
そう言い残してカイはその場を去って行った。
貴様って……でもこれって、認めてくれたってことだよな?
オスカーと顔を見合わせる。
オスカーの口角はこれでもかと上がっていた。
見えはしないが、俺も同じような顔をしていることだろう。
「やったな先生! 一番頑固者なカイが認めてくれたっぽいぞ!」
その後オスカーと別れた俺は、足取り軽やかに校長室に向かった。
「聞いてくださいよ! さっき……」
「まぁそれはやったわね! あなたを雇った甲斐があったわ! それにカイって一番頑固な子じゃないの」
俺とフリーダはその後、紅茶で勝利の祝杯をあげた。
「カイとまともに話せるようになった教師はあなたが初めてよ」
「これは幸先いいスタートみたいですね」
「えぇそうね!……そうだ、ちょっと依頼があるんだけど……」
今の俺は機嫌がいいなんてものじゃないからな。何を頼まれても快く引き受けられる自信がある。
「この子……エマを授業に出席させてほしいの」
エマ……確かいつも寝ている子か。確かに今日も姿を見ていないな。
まぁ、カイと話せるようになったんだから、今の俺には余裕だろ。
「任せてください!」
まさかこれが想像以上に大変な任務になるなんて……
この時の俺は思ってもいなかった。
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