はれけ




 のれんくぐりは日々の鬱憤を取り払う神聖な禊よね。




 どっかのねーちゃんの言葉がどうしてか胸に刻まれた。








 のれんくぐりの前にも大きなばつを切るのは、言うなれば、本禊を行いますよと自分自身を落ち着かせる前禊である。

 と考える男性の名は、宇治木山道うじきやまじ。ホストである。

 午前六時に仕事を終えた彼は、酒や香水をシャワーでさっと洗い流したのち、本当はそのままベッドインしたいところを、その前に禊となるのれんくぐりと、実家の味とも評すべき大衆食堂でご飯を食べないとどうにも寝つきがよくないので、大衆食堂『りゅうもん』に行くのだ。


 くぁあ。辿り着く前に控えめな欠伸を出しながら、今日のねーちゃんあのまま仕事に行くって言ってたなすげーなと思いながら、『りゅうもん』の前に立つ。

 迷惑にならないように他にお客さんがいないのを確認してから、さっと、ばつを五回切る。その日失敗した出来事の回数分を切ると決めていて、今日は五回だったのだ。

 今日もいいぐあいのその滑らかさを維持したまま、のれんくぐりを開始。

 無造作にのれんを叩き退けているように見えてその実、優しく、繊細な動きで、のれんを持ち上げて落としているのだ。

 その際のばつを切る数は必ず一回と決めており、僅かに膝を落として店に入るのだ。

 

 今日も入店は素晴らしいのれんくぐりだった。

 いつものように浄化された彼は、みそ汁の優しい匂いに包まれながら日替わりである納豆衣鯖丼定食を頼むのであった。






(あいつもいい顔してんな)


 ご飯少な目定食にお腹も脳も眼も癒され、店を出る際ののれんくぐりも清々しく終えた彼は、真向かいの本屋兼喫茶店『まるさん』の従業員男性の、多幸感いっぱいのとろけるような笑みを見て、今日もいい眠りに就けそうだと思ったのだった。












(2021.8.9)


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