のれんくぐり
藤泉都理
はれ
薫風が優しく前髪を持ち上げて行った。
さながら今見た光景をなぞるように。
(はあ。今日もみなさんいいくぐりをしていますね)
本屋兼喫茶店『まるさん』。
店主が自ら買い付け、または、調理する珈琲、ジュース、甘酒、冬限定のお汁粉を楽しみながら読書ができるこの店の、歩行道路を挟んで真向かいの大衆食堂の。
『りゅうもん』と店名を印字された、出入り口の横半分を覆い隠す白い暖簾から出てくるお客様や関係者の所作をうっとりとした眼差しで見つめる男性の名は、
暖簾を架ける店がめっきり減る中『りゅうもん』を探し出して、真向かいの『まるさん』に勤めることを決意した人物である。
両手で払う。
片手で払う。
両手で押し上げる。
片手で押し上げる。
両腕で押し上げる。
(手の甲か、掌、どちらかで)
片腕で押し上げる。
片肘で押し上げる。
顔から突っ込む。
額から突っ込む。
頭から突っ込む。
(歩きながら、または、一度立ち止まって、もしくは屈みながら、またまた、後ろ歩きで以上の動作をする)
身体を横にして片手で払う。
身体を横にして片手で押し上げる。
身体を横にして肩から突っ込む。
などなど。暖簾のくぐり方に目を奪われた花菱は今日も今日とて、『りゅうもん』の暖簾をくぐるお客様の所作を仕事の合間に隠し見ながら、いつもいつも疑問を抱くのだ。
何故だ。
何故、暖簾をくぐる人たちの表情や所作はいつも目を引く優雅さや、趣さがあり、優しく、楽しげで満たされた表情を浮かべていて、ああ人って素晴らしいなと思わせてくれるのか。と。
永遠の謎で。けれど、解く必要のない謎だ。
それでいい。それがいいのだ。
(あ。変わったくぐり方をする人だ)
片手でバツを描きながら暖簾をくぐるお客様もまた、目を引く魅力がある。
さながら、かつての宮廷で働く雅な人のように。
歩き方から、腕、手、頭の動き、あますことなく所作一つ一つが優雅で趣があるのだ。
(眼福眼福)
顔はその日の内に忘れるが、感情と所作を胸に収めて、今日も働き続けるのだ。
(2021.8.8)
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