第13話 ヤンデレ発動
私は、自分が地雷を踏んでしまったことを悟った。
でも、同時に、心が震えるほどの喜びが胸を満たす。
だって、ヤンデレ攻略者が、監禁したいとか、束縛したいとか思うってことは、それは、殿下は、私の事を――。
「もう、いいよ。全部教えてあげる。今まで君によく思われたくて全部隠してたけど、君も真実を知った方が諦めて鎖につながれやすいだろうからね。狂った男の、愚かな妄執と愛を思い知るといいよ」
殿下は、濁った瞳を私に向け、私の頭を優しく、とても優しくなでながら、話し続ける。
「はじめは、商会の従業員がね、面白い手紙が来てるって見せてくれたのが始まりだったんだ。君の手紙は僕を夢中にさせた。僕と同じ世界を見ている人間がいるって知った時の僕の感動がわかるかな。
今まで、誰も僕の事を理解しなかった。僕のやりたいことも僕の求める物も、誰も理解してくれず、僕は、いつも一人だった。そんな中、僕を初めて理解してくれる近しい存在が現れたんだ。それがどれだけ僕に救いと希望をもたらしたか。
それが同い年の女の子だって聞いた時の僕の喜びはもう語れないよ。僕は、君を手に入れるために何でもしたよ。王子のままでは男爵令嬢は娶れないと反対されてね。臣籍降下するために公爵家を手に入れて見せたら、もう周りは何も言わなくなったよ。君の父上にもすぐに婚約の申し込みをして許可をもらった。この婚約証書も、君の父上のサインはもう三年前にもらってる。あとは君のサインだけなんだよ。
でも、僕は、欲を出してしまったんだ。君の愛が欲しくて。
君の心が手に入るなら、その愛は、君を僕に縛り付ける何よりも強い鎖になると思っていた。だから、ここに来ることが許された半年間の間に、君の愛を得ようと思ったんだ。
思ったより君に近づくのに時間がかかって、あんな始まりになってしまったけれど、僕は、とてつもなく幸せだったんだよ。
あの毎日の昼のひとときは、本当に幸せな時間だった。君が商会長の話をするとき、僕は、とても気分がよかったんだ。君が、まるで商会長に恋してるみたいに――僕に恋してるみたいに語るんだから。それだけで僕は幸せだった。君は、僕の本質をたたえ、尊敬してくれて、王子の仮面の内側の僕自身を好きになってくれたんだと、そう感じられたから。
僕は、ずっと君を愛していた。設定じゃないよ。本気で愛してたんだ。
でも、君はちっとも僕に夢中にならない。僕が君の気を引こうとあれこれしても、全部無駄だった。
それなのに、君は、次から次へと、他の男を引き寄せて。
僕は怒りでどうにかなってしまいそうだった。だんだん優しくしたかったのにできなくなってきて。
本当はあんな風にキスするつもりなんてなかったのに。初めてのキスは、結婚式まで取っておくつもりだったんだよ。それなのに怒りと嫉妬でどうしようもなくて君にキスをしてしまった。君は僕のものだと世界中にでも知らしめてやりたくてどうしようもなくて。
君の唇は、まるで天上の果実のように甘やかで、天使が身にまとう衣のように柔らかかった。僕は、あんなにも幸せだったのに、君も、同じように、感じてくれたかと期待したのに。
――君から感じとれたのは、後悔だけだった。
君の心は永遠に手に入らないかもしれないと、そう、あの時から、僕はだんだんおかしくなったんだ。
もう、君の事を一人にしておく気にはなれなくなった。君の周りに現れる他の男を排除するために、僕は、なるだけ君についているようにした。君から目を離すと不安で仕方なくなってしまった。
そんな中、あの日を迎えた。
ねえ、僕が教授に告白された時、君は逃げたよね。
何で、君は逃げたの? どうして泣いたの?
教授には、確かに告白されたよ。お世話になった教授だから、応えられないことが申し訳なかった。でも、それだけだったんだ。
僕は期待したんだよ。君は嫉妬に耐え切れず逃げ出したんじゃないかって。僕への愛に苦しんで泣いてくれたんじゃないかって。
泣いて、嫉妬して、僕に縋りついて、愛を訴えて、僕の愛を乞うてくれるんじゃないかって。
それなのに、君は見なかったことにするという。
君が泣いていたのは、嫉妬じゃなかったんだね。
今ならわかるよ。
――君は、僕が怖かったんだ」
どうしよう。
もう、聞いてある間中、ぼろぼろと涙がこぼれて仕方ない。
どうしよう。
こんなに幸せで、私は、どうすればいいんだろう。
嬉しくて嬉しくて、私は一体どうすればいいんだろう。
私との昼の時間をそんなに楽しみにしてくれたんだとか、あの溺愛は、殿下の本気の気持ちだったんだとか、この婚約証書は、偽物の婚約のための契約じゃなくて本物だったんだとか、教授とは、何でもなかったんだとか。
もう、嬉しくて何を言葉にしたらいいかわからなかった。ただ、殿下の顔を見上げることしかできなかった。
「今も、泣いてる。泣くほど僕が怖いんだね。わかるよ。
だって、気持ち悪いでしょう?
僕もそう思うよ。気味が悪いよね。
だから全部隠して、みんなの喜ぶ王子様を演じて、君を手に入れようとしたのに、君はちっとも堕ちてこない。
君を泣かせた後、僕も後悔して、少し距離を置いたんだ。でも、無理なことを思い知っただけだった。
全部、僕が間違ってた。卒業なんて待たずに、君の心なんて手に入れようなんて高望みはせずに、そのまま攫ってしまえばよかったんだ。
もう、愛してくれなんて言わないよ。君の分まで僕が愛するから、もういいよ。君はもう逃げられない。――黙って、僕につながれるんだ」
殿下は、私の涙をその手で優しくぬぐい、涙でぬれた指を舌でなめとる。
「ああ、君は、涙まで甘い」
濁った瞳のまま、恍惚とした表情で、そう告げる。
「さあ、馬車に乗ろう。帰りに一緒に首輪を注文したいな」
私は、殿下の「首輪」発言にはっと現実に引き戻される。
今が、多分瀬戸際だ。
選択を、間違えてはいけない。
「殿下、一つだけ、お願いがあります」
「叶えられない願いもあるけど、話は聞くよ。言ってごらん?」
「あの、普通に告白していただけませんか?」
「いくらでも。アシュリー、大好きだよ。誰よりも深く君を愛してる」
「エルネスト様、私もあなたをお慕いしています」
殿下は、驚きの表情を浮かべ、私の涙を拭く手が凍り付いたようにうごかない。
「馬鹿なエルネスト様。はじめからそう言ってくだされば、私の答えなんてとうに決まっていたのに」
私は、自分から両手を伸ばして殿下の顔にそっと触れた。自分から殿下に手を伸ばしたのは、初めてだった。
「手の届かないあなたへの恋心を必死で押さえていたのは、私だったのに。私も、もう、我慢しなくていいんですね」
殿下の瞳の昏い影が晴れ、光を徐々に取り戻す。その頬が、少年のように赤くなる。
「ほ……んとに?」
か細い声でささやくように告げるその声に、私は、にっこりと笑って、殿下の頭をなでる。
「はい、殿下、あなたをお慕いしています」
「足りない」
「私は、殿下をお慕いしています」
「名前も呼んで? 君に名前を呼ばれると、心が震えるんだ」
「エルネスト様、あなたが好きです」
「もっと」
「あなたを愛しています。エルネスト様」
殿下の頬から、涙が零れ落ちていく。
私は、殿下の涙をそっと唇でぬぐった。
◇◇◇◇◇◇
ヒロイン十か条 その十。
一つ、ヒロインは、120%の愛情を注ぐべし。
――ぎりぎり間に合った、多分!!
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