第5話 隣国の第五王子

 私はため息をつきながら、放課後、個人談話室の桐の間へと向かった。

 状況を確認するために彼女――イレーネ様に話をしに行ったが、彼女は見つからない。無事に済んだら、後でとっつかまえて説教をしてやると心に決め、私は思考を巡らせた。


 王子にどこまで事情が握られてしまったのか、さっぱりわからないが、全て知られていると思うのが自然だ。

 これから、王子と交渉はなしをしなけらばならない。

 交渉事は、準備が重要だ。

 相手の出方は分からないが、ある程度予想して事前に対策を考えておく必要がある。


 私は、ゲームにも登場した情報通の友人から、隣国の第五王子についての情報を事前に仕入れていた。


 エルネスト=ジュスティーノ殿下。十八歳。

 隣国には、正妃様、側妃様がおひとりずついらっしゃる。子だくさんな王家として有名だ。エルネスト殿下は側妃様からお生まれになった第五王子だが、既に、将来臣籍降下して側妃様のご実家の公爵位を継ぐことが決まっている。実は、現公爵にその実力を買われて、嫡男を差し置いて後を継ぐことが決まったのだとか。このご実家は、領地に交易の盛んな港を有しており、隣国でも有数の資産家でもあるそうだ。

 彼はこの学園の魔法学の教授を尊敬しており、成人前の最後の猶予期間である今、半年間の研究生としてこの国に留学にやって来た。その際、ご学友として伯爵令息のラニエロ様も伴われている。

 エルネスト殿下はいつもにこやかに微笑んでいる性格も温厚な人当たりの良い王子様で、留学してからのこの一カ月で着実にファンを増やしているという。


 話を聞いただけでは、彼は非常に優秀ではあるが、隠れキャラなのかはわからない。隠れキャラだった場合、このゲームの性質上間違いなくヤンデレだ。

 でも、可能性は低いだろう。ヒロイン講座は途中だったが、イレーネ様はデフォルト値が高く、かなりのヒロイン力だった。彼女で落ちなかった(というか大失敗した)のだから、この線はなしでいいだろう。


 では、隠れキャラではないとしよう。

 彼は、何を要求するのか? 話を聞くだけでは非常にできた人物だ。それが本物なら、王子に対しての不誠実な対応について、注意や警告を受けるぐらいだろう。身分差はなく平等をうたう学院の中で恋愛を仕掛けたぐらいでは、不敬罪などの重い罪にはならない。

 謝罪で済むなら、喜んで土下座しよう。私のプライドで済むなら安いものだ。


 しかし、もし彼が噂通りの人物ではない場合、要求してくるのはきっと、お金で解決できるような内容ではないだろう。そして、その要求相手はおそらく男爵令嬢の私ではなく、同志のそうそうたるメンバーだ。

 私が始めたプロジェクトだ。教え子にして同志である彼女達に責を負わせるわけにはいかない。できる限り私だけのお咎めで済むようにしたい。


 まあ、実際のところ、彼女達に被害は及ばないとは思う。なぜなら、ヤンデレ攻略対象者達が彼女たちを全力で守るだろうから。もし、彼が我が同志達まで巻き込むというのなら、私は、ヤンデレ攻略対象者達を使い全面戦争を起こしてやる。


 よし。

 まずは謝って下手に出る!

 それでも相手の気が済まず不穏な空気になったら、同志の婚約者たちの権力をちらつかせ、交渉を試みる。攻略対象でもない王子に失礼なことをしたのは事実なので、私にできる限りの謝罪でどうにかしてもらえないか交渉しよう。

 それでだめなら話が通じない相手だ。全面戦争。速攻帰って作戦会議をする。

 私は、方針を決め、不退転の決意でこの会談に臨んだ。


 そして、談話室のドアをノックすると、扉をあけ――。

 ――私は勢いよく土下座した。


「申し訳ありませんでした!」

 みよ! これぞ、姉に叩き込まれたスライディング土下座。

 うるさい! 不退転の決意はね、最終手段に取っておくの!


「くっ、ふっ、ふっふっ、あーはっはっは」

 ちらりと顔を上げると、第五王子のエルネスト様は、顔を手で笑って大爆笑だ。

 つかみはおっけー?

 違う、笑いを取りに来たわけではない。


「本当に彼女でいいのですか?」

 胡乱な目でこちらを見るのは、一緒に留学してきたご学友のラニエロ様だ。


「君、どういうつもりで、彼女をよこしたの?」

 彼は、笑っていそうで笑っていない、非常に含みのある声音で私を見下ろす。

 私は慌てて頭を伏せた。

 やっぱり、イレーネ様がやっちまったらしい。

「はい、殿下にふさわしい女性をと思い、彼女に淑女教育を施した後、ご挨拶に伺わせる予定だったのですが、私の教育が至らず申し訳ありません。しかし、彼女の行動は、殿下を想うゆえの……」

「へー、あれが僕にふさわしいと思ったの? 心外だなあ」

 言い訳は最後まで言わせてもらえない。

「……私が至らず申し訳ありません」

「まさか、その面白い謝罪だけで許してもらえるなんて思ってないよね?」

 私は、再び頭を低く下げた。冷汗が背中を伝う。

「私はどのように謝罪すれば……」

 同志たちを巻き込むのだけは避けなければ。

 私は唇をかむ。

「話が早くて助かるよ」

 エルネスト王子は、こちらに向かってくると土下座をする私の足元に跪いて、私の顎をグイっと持ち上げた。

 あごくいっ、は、土下座の姿勢からやるものではない。――首が痛いだけだ。

 彼のにこやかな笑顔は、話に聞くのと全く違い腹黒さ満載だ。私は、彼がただの優しい王子様でないのを瞬時に悟った。

 でも、負けられない。

 私は、視線をそらさず、彼の瞳を見据えた。


 王子は、私の顎を持ちあげたまま、逆の手を私の頭に手をかけ、髪の間に手をうずめる。カツラが外れ、私のハニーピンクのふわふわの髪が背中にこぼれた。

 体がこわばるのがわかったが耐えてやり過ごす。

 それから、彼は、同じように私の顔を隠す大きな瓶底眼鏡を外した。

 ラニエロ様が、はっと息をのむ。


 ――知られて、しまった。


「ね、ラニエロ、これならいいんじゃない」

「まあ、外見だけなら、合格点かと」

 ラニエロ様は、しぶしぶと言った感で頷く。


 そして、王子は、値踏みするように私の外見をひとしきり眺めると、爆弾発言をかましたのだった。


「君、僕の恋人になりなよ」


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