第6話 ヒロインイベントっぽいもの(ランチデート)
エルネスト殿下の要求は、留学期間の間の私との恋人契約。
どうやら、婚約者のいない殿下に対しての女性陣のアピールがあまりにも多すぎてほとほと困り果てていたらしい。
そこで、弱みを握っていて身分も低い、この先どうとでも切り捨てられる私を風よけに採用したということだ。
まあ、ラブコメにありがちな王道テンプレパターンだった。
でも、実際これは有効だ。
殿下は、女性関係のわずらわしい対応から「彼女が悲しむんだ」の一言で逃げられるし、女性の妬み、嫉みといった負の感情はの矛先は全て私に行く。
これから殿下が留学を終える五カ月間、私は彼女たちの攻撃にさらされる。先を考えると頭が痛いが、同志たちの安全を買ったと思えば安いものだ。
同志たちに被害が行かなくて、ほんとによかった。
それに、いいこともある。
私は、自分の外見が結構気に入っている。
自分の外見を偽らず、思う存分おしゃれを楽しめるなんて、なんて素晴らしいんだろう! これで、夜に鏡の前で一人ファッションショーをする空しい時間がきっと減る。
それに、この可愛い外見で恋人や婚約者がいないとなると、交際や婚約を申し込まれてしまう可能性がある。高位貴族の方から申し込まれたら断れずに「やりたいこと」ができなくなってしまう可能性があるが、殿下が恋人の今はその心配が全くない。
そして、恐れていたヤンデレ攻略対象者たちは、同志達に順調に攻略されつつある。こちらもそれぞれ溺愛路線まっしぐらで、私に来る心配は全くない。
あれ? なんだか、上手くいきすぎじゃない?
何か忘れてるような気がするが、まあいいか。
こうして私と殿下との恋人生活がスタートした。
◇◇◇◇◇◇
今日は、お昼に学園のカフェテリアで二人でランチ。
二人の関係の初お披露目、そして私の本来の姿の初お披露目でもある。
私は、朝から鏡の前で、気合を入れて精一杯可愛く装った。本来の姿で制服を着たことは、数えるほどしかない。
学園の制服は、白地に水色の襟のセーラー服で、裾にあしらった水色のレースと後ろで結ぶ大きなリボンがとても可愛らしいのだ。
そして髪の毛はゲームの中では、ハニーピンクのツインテールだったけれど、私の好みに合わないのでハーフアップにする。原作より、ちょっと大人っぽくてお嬢様風。
くるっと回るとスカートのレースと腰のリボンが揺れる。翻る水色のセーラーの襟の上にハーフアップの髪がふんわりと揺れた。
私は自分の魅せ方を知っている。
「くーーーっ、かわいい、かわいい、アシュリー、かわいすぎっ」
ばたばた足踏みしたら寮の下の階の子から「アシュリーうるさーい!」とおしかりを受けてしまった。ごめんね!
さて、軽やかな足取りで私が周りの視線を集めながらカフェテリアへ赴くと、入り口近くで待っていたエルネスト殿下とラニエロ様の周りは既に令嬢たちで人だかりができていた。
ふふ。蹴散らして中に行っちゃう?
いやでも、ここはこれでしょ。
「エルネスト様」
私の声は結構通る。
そして、殿下という敬称もつけず名前呼びをした私に対し、周囲の令嬢達から敵意に満ちた矢のような視線が降り注ぐ。
覚悟の上です。
でも、私、ヒロイン。負けないもんね。
「アシュリー」
打ち合わせはしていなかったが、殿下は、私の意図を察して、満面のとろけるような笑みを浮かべて人の輪を抜け出てくる。
うわ、この人こんな顔できたんだ。周りの令嬢たちが見とれているのがわかる。
受けて立ちましょう。
私も、殿下に会えてうれしくてたまらない、と誰もが見惚れるような満面の笑みを浮かべた。そして、殿下が側に来たところで、略式のカーテシー。
「お待たせしてしまい申し訳ありません」
「顔を上げて。僕の妖精」
彼は、私の手を取るとそっと手の甲に口をつけた。そのまま、私の背にそっと手を回し、席へとエスコートした。
カフェテリア中の視線が注がれるのがわかる。
視界の端には、リヒャルト様とエルゼ様がいるのが目に入った。エルゼ様が目を丸くしている。おっと、教え子の前で無様な真似はできない。私は気合を入れる。
カフェテリア内には一段高くなった場所があって、そこは、テーブルや席が他よりゆったりと配置され、学生が自分で並んで食べ物を選ぶ方式ではなく、給仕がつく。メニューも別メニューとなっており値段も高い。誰でも使用可とされていたが、暗黙の了解で高位貴族の方の専用席となっていた。今日は私達しかいない。
「いかがでしょう? 殿下のご要望にできる限り沿ったつもりでしたが、至らぬ部分がありましたらご指摘ください。修正していきます。ラニエロ様も、お気づきの点がありましたらお願いいたします」
私は、殿下の顔をうっとりとした顔で見つめて、先ほどの演技の出来を確認した。表情と言葉の中身をずらすのなんて朝飯前だ。
ラニエロ様は、殿下の横の席に座って、無表情+無言のままだ。
「ふーん。まあ、なかなかいいんじゃないかな。君の思うようにやっていいよ。僕の気に入るように、君自身が考えてよ」
殿下はそういいながら、頬杖をついたまま私の頬を撫でて、肩にかかるハニーピンクの髪をその手でもてあそぶ。
丸投げですか。でも、及第点をもらえたみたいだ。この方も結構ノリがいいみたいだから、きっと楽しんでいるんだろう。私は、先ほどの路線で恋人役を続けることにした。
◇◇◇◇◇◇
「あの、カフェテリアで食事をご一緒させていただくのは、週に二回というお約束だったと思うのですが……」
「気が変わった」
あれから、私は、毎日殿下に呼び出されている。
殿下との恋人契約の際にはもちろん契約書を作っており、そこには、ちゃんとお昼の食事を一緒にするのは、週二回と書いてある。
理不尽だ。契約不履行だ。
私が目で訴えると殿下は、にやりと微笑んで、告げた。
「国から連れて来たシェフに、カフェテリアの厨房に入ってもらうことにしたんだ。僕と一緒だと、珍しい料理が特別デザートまで食べられるよ」
「ご一緒させていただきます!」
うっ、食べ物につられてしまった……。
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