第7話 久しぶりのヒロイン養成講座

 私には「やりたいこと」がある。


 この世界で前世の私を取り戻した後、私はこの世界の在り方と自分の生き方をよく考えてみた。

 この世界は乙女ゲームの世界で、恋愛こそが世界の根幹だ。

 では、この世界で自分は、恋愛を軸に生きていかなければならないのか?

 そう思った時、もったいない、と思ってしまった。

 恋愛なんて、転生前の元の世界にもありふれてた。

 それよりも私は、珍しいものが大好き。

 元の世界では絶対にありえない、珍しいものを目にして、体験して、この世界を味わい尽くしたい。

 そんな思いが私の中から強く沸き上がったのだ。


 そこで私がこの世界で「やりたいこと」を考えた結論がこれ!


 私は、一流の商会に入って、一流のバイヤーになって、世界を旅するの!

 ただの放浪の旅とかも考えたのだけれど、女の身でそんな危ないことはできない。商会は、前世でいう商社+一流デパートの複合会社と思ってもらえばいい。最先端の流通を担う、優秀な人材が集まる、国にも認められる大企業。

 こういう後ろ盾や安定した生活基盤があってこそ、自由に動け、珍しいものを楽しめるのだ。


 私は、十歳の頃から、お父様におねだりしてあちこちのお店で色々な珍しいものを見て回った。うちは男爵家でも結構裕福な方なので、お父様はそれなりに色々なお店に顔が利く。お店の人たちと、あれは何かこんなものはないのかとやり取りしているうちに、隣国から買い付けに来ていた商会のバイヤーの方と仲良くなった。そして、色々あってその人を介して商会長さんと手紙のやり取りをするようになり、現在も文通相手のように手紙のやり取りを続けている。

 私は彼との手紙のやり取りを通して、広い世界を知った。そして、商会での仕事は、流通を通じて、世界に手を届かせることだということを知った。もう、広い世界に飛び出したくて仕方なかった。


 そして、そのやり取りの中、尊敬する商会長さんから、学園の卒業後うちで働かないかとお誘いを受けたのだ。

 もちろん二つ返事でOKした。父のことも商会長さんが説得してくれて、スムーズに話はまとまっている。ただ、学歴は必要だということで、学園をいい成績で卒業することは絶対条件だった。


 そういうわけで、私の目標は、誰も攻略しないで学園を無事卒業して国を出ることになった。そして、攻略対象者達を幸せにして少しでも気分よくこの国を去るために、自分の外見を隠して「ヒロイン養成講座」を開くに至ったのだった。


  ◇◇◇◇◇◇


 今日は、久しぶりに「ヒロイン養成講座」を開講する。

 この乙女ゲームの最大の告白イベントともいうべき文化祭を控えて、攻略方法を同志たちにぜひとも伝授しておきたかったのだ。


「囚われヒロインは自由を求める籠の鳥」内の文化祭では、あるジンクスがある。


「後夜祭の夜、自分の髪色の花を相手に渡して告白し、花を受け取ってもらい、相手が花に口付けたら告白OK」

「そして、お互いの髪色の花を身に着け、後夜祭を一緒に踊ると、生涯、幸せになれる」

 といったものだ。

 ここで告白して両想いになっておくと、この後卒業式まではひたすら甘いイチャコライベントで溺愛ルートまっしぐらだ。もう、スチルを楽しむだけのイベント攻略なのだ。


「さあ、皆様。今日は、文化祭で可愛くふるまうコツを実践形式で練習していきます。この日だけは、日頃の淑女のマナーを忘れて、プチ悪魔な魅力を振りまき、日頃とのギャップ萌えで、殿方のより高い好感度をもぎ取りましょう。そして目指すは後夜祭の告白とダンスです」


「「「はい!」」」「イエッサー!」


 ふう、教え子たちは今日もやる気十分だ。

 熱いぜ!


「クリスティーネ様! 文化祭時、生徒会は見回りが必須です。その際、一緒に食べ物を買い、それを食べ歩くのも好感度アップに非常に有効です」

「え!? 食べ歩く……。そんな!?」

「たこ焼き、という隣国の食べ物を出すお店があります。その商品がおすすめです。このぐらいの丸い粒なのですが、これをフォークで刺して王子の口に運んで差し上げるのです。その際、この食べ物は非常に熱いので、王子の目の前でふーふーと息をかけて冷まして差し上げるのがコツです」

「お見せしましょう! 侍女様、お相手を」

 私は、持ち込んだたこ焼きをフーフーしてクリスティーネ様の侍女の方のお口へ運ぶ。

「ちょっとした上目遣いも忘れずに!」

「もしかしたら、殿下からも、お返しが来るかもしれません。その際はこのように!」

 侍女様は、何だかうっとりしながらも殿下役を立派に務めてくださった。当日までに、クリスティーネ様としっかり練習してマスターさせてくれるだろう。侍女様の視線が気になるのだが、危ない扉、開いちゃってないよ……ね? うん、このゲームはノーマルだったはず、大丈夫!


「マヌエラ様、アンゲラ様、エルゼ様のクラスは、着ぐるみやメイド喫茶ですね。この時皆様は、衣装を着て接待する役やメイド役を勝ち取ってください。そして、クラスの出し物が終わったら、その服装のまま、お相手の所へ行くのです!」

「でも、メイド服でなんて失礼では……」

「男性は、普段のドレスとメイド服。その落差に萌えを感じるのです!」

「うちのクラス猫耳の着ぐるみなんですー」

「着ぐるみの時は、全身を覆うものではなく、必ず体の一部分だけを覆うものを選んでください。手と耳としっぽだけ、などがよろしいかと思います」

 皆様メモに余念がない。


「皆さま、文化祭は庶民のお祭りを模したものです。お二人で歩くときは、エスコートを求めてはいけません。自分から腕を組むのです。このように!」

 さっきの侍女様に胸をおしあててくっつく仕草をしたら、真っ赤になって倒れられてしまった。

「あ、あら?」

「大丈夫です。彼女は新たな扉を開いただけです」

 アンゲラ様、冷静に言ってますけど、それってどうなんですか!?

 ――皆さまうんうん頷いているから、まあ、良しとしよう。


「最後に一つ。皆さま、大変おきれいなので、思いを告げたいという男子生徒から呼び出しの手紙や伝言を受け取ることがあるかもしれません。でも、『絶対に』行ってはいけません。いいですか? ひどいと謗られようと貶められようと絶対にです。行ってしまったらバッドエンドまっしぐらです」

 他の男子生徒からの告白を攻略対象に見られると、攻略対象はヤンデレルートまっしぐらに進むのだ。かわいい教え子たちに、その道だけは進ませたくない。


「「「はい!」」」「イエッサー!」


 今日もいい返事だ。


 ふふ、準備は万端だ。

 待っていろ! 文化祭! 

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