番外編 イレーネとラニエロ 1

 や、やばいやばいやばい。

 その場面で私がまず思ったのは、それだった。


 だって。


 誰も思わないでしょう!?

 2の隠れキャラのエルネスト=ジュスティーノ様と1の隠れキャラのラニエロが一緒にいるだなんて、誰も思わないじゃない!

 私がお近づきになりたいのは、エルネスト様であって、ラニエロとは、これっっっぽっちも近づきたくないの!!


 だって。


 彼は、この乙女ゲーム唯一の死亡フラグ持ちなんだから。


  ◇◇◇◇◇◇


 私が、自分に前世の記憶を思いだし始めたのは、十歳の頃。ぼんやりと、なんだか、違う人の人生の記憶が浮かんできて、夢で見たのかな、でも、なんか結構はっきり覚えてるなー、これが前世の記憶かーなどと思いながらも、特に何事もなく過ごしていた。

 ちなみに覚えていることと言えば、妹とよく乙女ゲームをやっていたことと、その内容ぐらい。他はぼんやりだ。

 死んだ瞬間のことなども全く覚えていない。何歳で死んだのかも覚えていないが、そんなに年を取ってはいないと思う。だって、年を取ってから死んだのだったら、もっとすごく大人な思考回路ができてるはずだもの。年取ったら、人間賢くなるものでしょ。


 そして、この世界が乙女ゲームの世界だと気づいたのは、学園にあがる前の年、自分の行く学園の名前が、ゲームの名前と同じだと知ってから。ゲームキャラのデフォルトネームが、イレーネだったことにやっと気づいて、鏡に駆け寄って髪の毛をポニーテールにしてみたら、ゲームのカバーの女の子が出来上がった! 

 私は、「囚われヒロインは自由を求める籠の鳥2」のヒロイン、イレーネだったのだ!!

 この超素敵なタイトルのゲームは、1と2がほぼ同時並行で進む。

 1は攻略が簡単すぎるということで、2はちょっと難易度が上がった。ぽんぽん簡単にイベントが起きて簡単に好感度が上がる1に対し、2はイベント自体が起こしづらくなったし、ヒロイン度をあげないと攻略も難しくなったのだ。

 また、1はヒロインが、典型的なドジっ子令嬢。攻略対象者たちも、ドジで可愛い子に惹かれるのに対し、2はヒロインが、理知的なかっこいい自立する女。攻略対象者たちも、知的でしっかりした凛とした子に惹かれる。


 私はかっこいい攻略対象者たちにうっとりと思いをはせた。

 が、翌日になって、このゲームがヤンデレだらけだということに気がついた。

 攻略がうまくいけばよいが、失敗すると攻略対象者たちはもれなくヤンデレ化するのだ。

 特にひどいのは、隣国の闇ギルドのボスで1の隠れキャラ、ラニエロだった。彼だけは死亡フラグがあるのだ。そして、失敗するとかなりの確率で死ぬのだ。いや、ナイフの血をなめるシーンは秀逸だったけど、リアルだったら笑えないってば。

 まあ、私は、2のヒロインだからあまり関係ないけど。

 ヤンデレ化させずに、攻略するのに一番楽なのは、わんこ系後輩のローマン君なのだが、私は2で一押しだったエルネスト様狙いでいくことを固く心に誓った!


  ◇◇◇◇◇◇


 さて、私は学園に入学した。2は1の半年遅れでスタートして、同時並行して進む。

 しばらくは、1の傍観でもしようと、1のヒロインのアシュリーを探した。

 ……がやっと見つけると、黒髪のおさげに瓶底眼鏡で身を隠して、おまけに「ヒロイン養成講座」などをこっそり開催している。

 攻略しないで何やってるの?

 彼女は間違いなく、転生者だろう。きっとヤンデレ嫌いなのだ。

 まあ、1の攻略対象者に対して動いてるらしいので、私は無視することにした。


 ところが。

 2が始まってから登場するはずの隠しキャラのエルネスト様がなぜか、早々に登場してしまった。

 そして、アシュリーたちが、彼を攻略しようとし始めたのだ!

 ちょっと、何で、2の隠しキャラまで攻略しようとしてるのよ!

 私は、同じクラスで、同じ子爵令嬢のエルゼ様を通じて、慌ててヒロイン養成講座に入り込んだ。

 エルゼ様いわく、私は、素質があるということだった。

 ふふ、見る目があるわね。

 と思ったのに!

 ちょっと、あんた達! 私にドジっ子属性を仕込もうとしないでよ! ドジっ子が好きなのは、1の攻略対象だけなの!

 エルネスト様や2の攻略対象達に効くのは、かっこいい、自立する女なんだってば!

 とは言えず……。


 ふう、私は、自分がダメにされる前にヒロイン養成講座を抜け出した。

 もう、攻略の段取りも何もかもがめちゃくちゃだ。しかし、攻略対象の好みなど基本は一緒のはず。

 理知的で、自立した、大人の女。

 エルネスト様、待っててください!


  ◇◇◇◇◇◇


「ねえ、どこをどう考えて、そんな結論になるわけ? 話してて疲れるんだけど」

「そ、それは、その……」

 温厚な人当たりのよい王子様の仮面は、すっかり抜け落ちて、エルネスト様は、私に冷ややかな視線を向ける。

 結論から言おう、私は失敗してしまった。

 私が墓穴を掘ってやらかす度に、エルネスト様の対応が冷ややかになり、ラニエロが、楽しそうに目を細めていく。

「殿下、彼女の『処理』は、私に任せていただけませんか?」

「そうだね、面倒だから、頼むよ、ラニエロ」

「御意に」

 やばいやばいやばい。処理って何ー!?


  ◇◇◇◇◇◇


「心配しなくていいですよ。『処理』って変な意味じゃないですから。あなたを助けるために殿下にはああ申し上げただけですから」

 私は放課後のカフェテラスでデザートをおごられている。

 とろっとした果物のソースのかかったパンケーキは文句なくおいしい。あむあむと口に入れながらはっと気が付く。

 私は何を懐柔されているのだ!?

「懐柔しているというか、殿下はやってくる子に対し、ちょっと冷たいですから。国の評判にも関わりますから、私が後でフォローしているんですよ。あなたも、殿下の事を悪く思わないで頂きたいのです」

 いい人…? いい人なの?

 いや、そんなはずはない。毒でも入ってるのかもしれない。

「毒もはいっていませんよ。そんなことをしてもなんの得にもなりませんから」

「はっ、声に出てた?」

「声じゃなくて、顔に出ていましたよ。そんな調子で、この先貴族社会でやっていけるのか、あなたが心配になってきます」

 そのままキラキラとした優し気な笑顔で、私の顔に手が伸びてくる。

「ついてますよ」

 そっと口元の汚れを指でぬぐわれて、柄にもなくどきどきしてしまう。

 しかし、彼のジャケットの懐からちらりと見えたそれに、私は、はっと我に返った。

「いえいえ大丈夫です。私はできる大人の女なので!! ごちそうさまでした! 口止め料は頂きましたので、私は何も言いません!」

 私は、がたんと席を立つと、カフェテリアから走り去った。


 ラニエロのジャケットの内側。あれは、明らかにナイフの柄だった。



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