番外編 イレーネとラニエロ2
それからというもの、事あるごとに、「放っておけない」とか「心配だ」とか言ってラニエロが声をかけてくる。
目をつけられたかもしれない。
私は怖くてしばらく学園を休んだ。
もう、自分一人の力でどうにもならない。ヒロイン養成講座の子達なら、守ってくれるかもしれないと思って、私は、文化祭前の時期にこっそり、アシュリーたちを頼ろうとアシュリーたちの部屋をこっそりのぞき込んだ。
『……目指すは後夜祭の告白とダンスです』
「イエッサー!」
はっ! つられてつい叫んでしまった。
前世のエクササイズビデオの影響だ。
「全く、こんなところで何をやってらっしゃるんですか、あなたは?」
呆れたような、既に慣れ親しんでしまった声音にカタカタと顎を震わせながら振り返ると、そこには、ラニエロがいた。
「え、えーっと……」
「まさか、あなたもアシュリー様のお仲間と同じく、どなたかに告白を考えていらっしゃるわけではありませんよね?」
ラニエロの方から冷たい何かが漂ってくる。
「い、いえいえ、あ、あのたこ焼きっておいしそうだなーって!」
私は、圧に耐え切れず、適当にアシュリー達が手に持っているたこ焼きを指さしてみた。
「そうですか? 私のクラスの出し物なのです。それでは、文化祭当日私が案内しましょう。ああ、当日はあなたの家まで迎えに行きますから」
固まってしまった私にラニエロは非常ににこやかに微笑んだ。
◇◇◇◇◇◇
文化祭では、ラニエロは宣言通り私をたこ焼きの屋台に連れて行ってくれた。
「これが、たこ焼き、というものです、庶民の食べ物として、わが国で最近はやり始めました。両国の文化交流の意味もあって、エルネスト殿下と私とで調理器具や材料の仕入れに協力したんですよ」
ラニエロは、そう言って、屋台からたこ焼きを受け取ると、私を席に案内して座らせた。周りからのうらやむような視線に言ってやりたい。すぐに代わってやるから、あんた達、こっちでてきなさいよ!
わーん!
お近づきにならなくっていいんだってば!
「さあ、これは焼き立ては熱くて、食べるのにコツがいるんです。……それに、あなたの口にはこの大きさは大きすぎますね。割って差し上げましょう」
これは、ひょっとして。
「口を開けて」
文化祭イベント「あーん」だ! これやると、好感度が上がっちゃうダメなやつ!!
「だ、だだだ大丈夫です。自分で食べられます。私は、大人の女なので!」
「でも、これは食べるのが難しいのですよ。以前カフェテリアでご一緒した時のような食べ方だと制服を汚してしまいます。さあ、遠慮しなくても大丈夫ですよ」
にこやかに微笑みながら圧がすごい。どうやってこれを断れというのだろう。
私は、おずおずと口を開いた。
あむあむ。
ああ、おいしい!
そういえば、よくみいちゃんもこうして私に食べさせてくれたものだった。
何年ぶりだろう、これぞB級グルメの王者、故郷の味!
感無量……。
「そうでしょう。気に入っていただけたようで嬉しいです」
はっ!! 気が付いたらラニエロの手元のたこ焼きは一つも残っていなかった。
「あなたは、本当においしそうに食べるんですね。あなたの幸せそうな顔を見ると、なんだか、心がとても温かくなります」
そういうラニエロは、いつもの型通りの優し気な微笑ではなく、はにかんだような年相応の少年の顔をしていて、本当にうれしそうで。
私は、心臓をぐっとつかまれてしまった。
こんなに無邪気に笑う人が、本当に闇ギルドボスの隠れキャラなんだろうか。性格も話し方もゲームで知っているものよりずっと穏やかだ。
アシュリーもあんなだし、エルネストは早めに登場してしまうし、なんだか、この世界は私が知っている乙女ゲームとかなり違う。
私はなんだかよくわからなくなってしまったが、もともと考えるのはあまり得意でないので、早々に放棄することにした。
ラニエロは、そのあとすぐに人に呼ばれて去っていったが、帰りも送るから待っていてほしいと伝えられたので、私は時間まであちこち見て回ることにした。
出し物をやっている教室や、空き教室なども一つずつのぞきながら回っていると、その一つである真っ暗な教室にラニエロの後ろ姿が見えた。
声をかけようとしたが、なんだかそんな雰囲気でもなく、息をひそめる。
「あーあ、もう死んじゃったの。つまんないなー」
そのセリフにぎょっとして彼の足元を見ると、そこには血まみれの死体。
血まみれのナイフに舌を滑らすようになめとるラニエロの恍惚とした横顔は、あのスチルの画を彷彿させた。
震える手を握りしめると、気づかれないようにそろそろと後ろに後ずさる。
私は、息をひそめてその場を去るとそのまま家に逃げ帰った。
危なかった。
危うくあの少年のような優しい無邪気な表情に目が眩んでほだされかけるところだった。
間違えてはいけない。
――彼は、闇ギルドのボスにして殺人鬼のラニエロなのだ。
◇◇◇◇◇◇
ラニエロの死亡フラグ――「ヒロインの殺害」は、ゲームのエンディングである卒業パーティーの日に起こる。隠れキャラ、闇ギルドのボスラニエロは、いつだって、読めない理由でヒロインを殺す。そのルートはほとんどバッドエンドだ。愛と憎しみと狂気のバランスが微妙で、その加減の仕方がとうとう私には分からなかった。当時クリアできたのは偶然だった。だから、こんなにゲームが歪んでしまった今、私の知識ではどうやっても太刀打ちできない……。
どうしよう、どうすればラニエロから離れられるんだろうか?
そうだ、最近すっかり忘れていたけれど、私は2のヒロインだった。
うまくいくかわからないけれど、2の正規ルートで攻略を進めれば、少なくとも1のキャラとの接点がなくなるかもしれない。
そろそろ2のゲーム開始の時期に来ている。
私は、2のキャラクター達との出会いイベントを起こすことにした。
しかし。
いくら待っても始まらない!
飛んでいった楽譜を拾うのを手伝うイベント、逃げたウサギを一緒に探すイベント、壊れたオルゴールを一緒に直すイベント、喧嘩の怪我の手当てをするイベント。
おまけに、最後の放課後の怪我の手当てイベントでは、茂みのかげにしゃがみ込んで男子生徒を除いているところをラニエロに見つかってしまった。
「全く、あなたは最近見かけないと思ったら、こんなところで何をしてるんですか?」
「え。あ、いや。人間、観察?」
文化祭での彼の殺人現場が頭に浮かび、背中に汗をかきながら、そろそろと視線をあげた。
ラニエロは、茂みの向こうにいる男子生徒を見て、わずかに顔を歪める。
乙女ゲームをさんざんやったから、わかる。これは、嫉妬だ。
私は、明らかにラニエロに好かれている。
でも、私は、攻略しようとなんてしていない。
断じてしていないのだ。
ノーアクションなのに、隠れキャラを釣ってしまうとはこれいかに。
全てこのイレーネのあり余る魅力のせいだとは分かっているが、正直勘弁願いたい。相手は殺人犯なのだ。
「今日は、一緒に帰りませんか? 女性に人気のカフェにお連れしますよ」
「あ、ありがとうございます。でも結構です。今日は用事があるので! 失礼します」
私は踵を返して、校舎に戻った。
結局イベントは失敗だった。荷物を持って家に帰ろうとすると、教室の入り口にラニエロが待っていた。
「えっと、用事がありますので……」
「なぜ私を避けるんですか?」
ラニエロの前をそろそろと立ち去ろうとした私を閉じ込めるようにラニエロが両手を壁についた。
壁ドンキター!
どうしよう。こんなにドキドキするとは思わなかった。
違う、これはどきどきじゃない、ビクビクだ。
間違えるな、自分!
「あなたが気になるんです。どうしてもあなたが放っておけない。私は、その原因を突き止めたいんです」
告白され……てない! まだ大丈夫。
えっと、えっと。
何か言わないと!
そう、気になる理由を恋愛じゃない理由にすり替えれば!
「それは、きっと、私がおもしろいからです!! ほら、こんな『変顔』!」
私は、前世でみいちゃんを大笑いさせた、変顔を披露した!
ラニエロは、目を丸くして、吹き出す。
勝った!
「それじゃ、私失礼します!」
後ろから、待って、と声がかかったような気がしたが、待たない!
私は、廊下を走り抜けて三階の教室の端にある階段につくと、ほうっと息をついた。
そのまま降りようとすると、不意に耳元でささやかれる。
「待ってと言ったのに。ほら、忘れも……」
いつの間に追いついたのよ!
私は、あまりにびっくりして、そのまま飛び退った。
何もない空間に。
「イレーネ!」
ふわりと浮遊感があって、直後にそのまま全身がたたきつけられ、痛みで呼吸が止まる。
あ、これ、お約束だ。
ヒロインが階段から突き落とされる、例の、アレだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます