番外編 イレーネとラニエロ4

 そして、卒業パーティーの日。

 私は、ラニエロに贈られた、明るいブラウンにブルーが差し色になっている、乙女ゲームあるある、の独占欲満載のドレスを着せられた。


 今日が、ゲームのエンディングの日。

 私が死ぬかもしれない日。

 何の対策もとれずに、私はこの日を迎えていた。


 ファーストダンスを終えるとすぐに、ラニエロは、エルネスト様から声がかかり、私の側を離れることになった。

「あの方は、あなたを好ましく思っていないので、ここで待っていてください。いいですね」

 私に言い残すと、ラニエロは何度も振り返りながら去っていった。


 私は、突然に降って湧いた一人になれるチャンスに、顔をあげた。

 もう、チャンスは今しかなかった。

 アシュリー。

 あの子なら何か答えをくれるかもしれない。

 今日を死なないで終えられる方法を何か知っているかもしれない。

 もし無理だったとしても、あの子に話を聞いてもらいたいたかった。

 私のこのぐしゃぐしゃな気持ちを。

 同じ転生者の彼女なら分かってくれるかもしれない。

 私を救ってくれるかもしれない。

 私は、会場を見回し、一人会場に佇んでいるアシュリーの姿を見つけた。


「お願い、助けて!? あんたも転生者なんでしょ? ラニエロがやばいってわかってるでしょ? ラニエロの相手は、ほんとはあんたがするはずだったのに、何でこんなことになってんのよ!?」

 ぐしゃぐしゃな私を助けてよ!

 この世界でうまくやってるあんたなら、何か知ってるんじゃないの?

 ほんとにどうしたらいいか教えて欲しい。

「あんた1のヒロインでしょ? 何で、私の一推しの2の隠しキャラ持ってちゃうのよ!? おまけに私が2のヒロインなのに、2の他の攻略対象とのイベントも始まらないまま終わっちゃうし! 楽譜が飛んでったり、ウサギを一緒に探したり、オルゴール直したり、怪我の手当てしたりってのが全然始まらないのよー!」

 混乱して私の言っていることもめちゃくちゃだ。彼女の目をまん丸にして口を小さく開けるその表情に、なんとなく既視感を覚えるが、それでも一気にまくしたてた。


 ――だから、助けて。今日の死亡エンドを回避する方法を、一緒に考えてほしい。


 しかし、私が、彼女にそう告げる前に、私たちのいる休憩室の扉が開かれた。

「イレーネ、どこですか?」

「ぴっ」

 茶色の髪を乱して、息を切らせて休憩室の扉を開いたのはラニエロだった。

「イレーネ、ほんとうに、あなたは……!!」

 安心したように微笑んで、ラニエロは私の手を取った。

「もういなくならないでください」

 私の肩を引き寄せ、表情とは裏腹に泣きそうな声でささやく彼に、私の顔はかあっと熱くなる。

 ああ、もう、無理だ。

 私は、完全に陥落してしまった。


 私は、ラニエロに手を取られて、真っ暗な学園の中庭に連れ出された。

 ラニエロの瞳はあやしく赤く光っている。あのゲームの殺人シーン、いつも、ラニエロの瞳はいつもと違う赤色に光っていた。

 私は殺されるかもしれない。

 彼は、たいてい、ナイフで殺人を犯す。

 いつも私を脅すのに使う懐のナイフで、私を刺すのかもしれない。

 でも、もう決心はついた。殺されるとしても、ラニエロのすることならば全てを受け入れようと思った。


「イレーネ」

 その声は優しくて、本当に焦がれているように聞こえて、私をかき乱す。

「もう分かってるんでしょう?」

 さっぱりわからない。

 優しいその声の裏で、彼の心が愛に満ちているのか、狂気に染まっているのか、憎しみをたぎらせているのか、私にはよくわからない。

 ただ、自分が、本当は何を望んでいるかは分かる。

 ずっと思っていた。

 ラニエロの行動の全てが自分への愛だけだったらいいと。

 狂気とか憎しみとか昏い感情を覆い隠せるほどの、愛だけだったらいいと。


「イレーネ」

 私は、ぎゅっと目をつぶって最後の瞬間を待った。

 彼は懐から何かを取り出したようだった。


 そして。


「結婚しましょう、イレーネ。婚約者として、私についてきて欲しい」


 私の左手の薬指には、きれいな青い石が光る婚約指輪がはまっていた。


  ◇◇◇◇◇◇


「ああ、それで、そんなに怯えていたんですね」

 私は、あのあと、結局彼の屋敷へ連れていかれて、ぐずぐずに愛の言葉攻めにされて(!)前世の記憶と乙女ゲームに関わるあれこれを全て吐かされてしまった。


「闇ギルドのボス? 残念ながら、関わりはありませんね。そもそも、僕の実家の伯爵家は没落していませんよ。それどころか、エルネスト殿下が立ち上げた新規事業の共同経営者として、かなり潤っています」

 彼は、実家が没落して、闇ギルドのボスに拾われてそこで才能を発揮して組織を乗っ取る、という設定だったのだが大分違っているらしい。

「でも、文化祭の時、人を殺してた……よね?」

「そんなことをしたら大騒ぎでしょう? 文化祭の時は、代役として、急遽劇に参加して確かに殺人鬼の役どころを演じましたが」

「ナイフでいつも私のこと脅すし!」

「ナイフ……ですか? そんなもの持ち歩きませんが、気になったのなら、探してみてください」

「だって、ほら、ここ!」

 私は、ラニエロのジャケットを開いて胸ポケットに手を突っ込んだ。

「……ペーパーナイフ?」

「ああ、すみません、ナイフ……かもしれませんね」

 そんな落ち!?

 私は気が抜けてしまった。

「イレーネはなかなか大胆ですね。でも、そろそろ降りてくれないと、私も困ってしまいます」

 はたから見るとラニエロの膝の上に載って、ジャケットを脱がして胸をまさぐっているように見える自分の姿に愕然とする。

「ぴっ」

 ラニエロは、慌てふためいてじたばたと膝から降りようとする私をそのまま抱きしめた。

「誤解は、全て、解けたでしょうか? あなたには、将来の伯爵夫人として、私についてきて欲しいのです」

 その言葉をやっと素直に言葉通りに受け取れて、私の胸はじわじわと熱い何かに侵食されていき、私は不覚にも泣いてしまった。

「ふっ、ふぐ、えぐっ」

 するすると、周りの温度が下がっていく。

「ほう、そんなにいやですか。あなたの『推し』とやらは、エルネスト殿下だと言っていましたね。そんなに殿下が諦められませんか?」

「ち、、ちちちちがっ、あれは、ゲームの中だけ! つ、着いて行きます。地の果てまでもお供します!!」

「熱烈な返事をありがとう。私をこんなに心配させるのはあなたぐらいです。あなたの言うように、いっそ、殺してなかったことにできたらどれほどいいか」

「こ、ここ、殺さないで」

 氷のような雰囲気は緩んだが、彼は物騒なセリフを吐くのをやめない。

 そうだ、闇ギルドのボスでも殺人鬼でもないが、彼は、そうなる「素養」はあるのだ。私は、その事実に愕然とする。

「これ以上、私を心配させないでください。ほんとうにあなたを閉じ込めたくなる」

「ぴっ」


 うっ、愛が重い。


 こうして逃げ回っていた私とラニエロの一件は、一件落着(なのか?)したのだった。


  ◇◇◇◇◇◇


 今日は、隣国へ旅立つ日。

 エルネスト殿下とアシュリーと一緒に私たちも隣国へ向かう。

 あのあと、久しぶりに家に帰ると、もう婚約の話はほとんどついていて、あとは私のサインだけという状態だった。

 うん、そんな気してた。

 家族に別れを告げて、私は、ラニエロに連れられて、いったんアシュリーの家に向かう。エルネスト殿下がアシュリーを迎えに行っているそうだ。

「イレーネ。これからの道中殿下と一緒です。あなたが殿下になびかないかそれだけが心配です」

「な、ないから!! そ、それより、私アシュリーと話したいんです! 彼女も私と同じかもしれなくて!」

「ああ、それすらも許したくないです。せっかく思いが通じ合ったのに、あなたと話をする権利を誰かに譲るなんて。この腕に閉じ込めておきたい。いっそナイフを突き立てれば……」

「お、おもっ! もうそういうのいいですから!!」

 重すぎる愛にもう泣きたい!

 私たちが馬車の前でじたばたしていると、アシュリー達が外に出て来た。

「アシュリー!」

 パーティーでは、あんな別れ方をして気になっていたのだ。

 私が駆け寄ると、アシュリーは、恐る恐るというように、私に爆弾発言をかました。


「もしかして、なんだけど、お姉ちゃん?」

「ひょっとして、みいちゃん、みいちゃんなのね!?」

 私はずっと胸に感じていた既視感の正体を悟って、前世の妹の名前を口に出した。

 胸に熱いものがこみ上げてきて、アシュリーを抱きしめる。

 優しいみいちゃん。

 可愛いみいちゃん。

 小さいころは、お姉ちゃんと慕ってくれてスライディング土下座など色々仕込んだけれど、ある時からはすっかり頼もしくなって、いつも私を助けてくれたみいちゃん。

 はっ。

 みいちゃんなら、今の状態から私を救ってくれるかもしれない。

 私は、みいちゃんをすがるように見上げた。

「みいちゃん、みいちゃんだから2の存在を知らないのね!? あいつ、ヤバいのよ、あいつだけ死亡フラグあるのよ!」

 なんだか、この愛は死と隣り合わせな気がする。

 みいちゃんに聞いて欲しい。

 思わず訴えた私だったが、すぐにラニエロに遮られてしまった。

「まあ、積もる話は、着いてからにしましょう。話す時間は向こうでいくらでもありますから」

「いやあ。みいちゃああん」


 じたばたと無駄な抵抗する私の耳元で、彼はいつものように、そのセリフを囁く。


「イレーネ、殺したいほど愛していますよ」


 私は、そのセリフを聞くと、条件反射のように真っ赤になって固まってしまう。

 

 だって。


 それは、パーティーの日以来、口癖のように囁かれるようになったセリフで。

 ヒロイン殺害時バッドエンドの時のセリフでもあった。

 でも、そのセリフを言った後、ゲームでの彼は、ヒロインを殺していたのに対し、この世界でのラニエロは、必ず……。


 ――私に、キスを落とすのだから。

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ヤンデレ乙女ゲームの転生ヒロインは、囮を差し出して攻略対象を回避する。はずが、隣国の王子様にばれてしまいました(詰み) 瀬里 @seri_665

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