第13話
昨夜の練習の甲斐なく、今日も女子は男が練習場としている場所には寄り付かなかった。
その為、俺も光弥も、ただ黙々と練習に励んだ。
テニスをやっていたおかげなのか、突きの動きに関しては、どちらもすぐにサマになってきていた。
威力もそこそこ出ていて、アレクさんからも筋がいいとほめてもらえた。
ただ、閃の、槍を振る動きは、どちらもぎこちなかった。
テニスの応用を利かすどころか、得物が長いので、どうしても振り回されてしまう。
「君たちは、力を一点に込める技術は素晴らしいが、力を全体に乗せる技術がない。
だから突きは上手くできるのに振るのがてんでダメになる。
穂先に意識を向けるんじゃなくて、もう少し刃全体に体重を乗せるような感覚で、槍を相手に預けるように持っていくんだ。
そうすれば、体が槍の遠心力に持っていかれることもなくなるから、より力を乗せることが出来るようになる。とりあえず、足は開いて体軸を安定させよう。」
「「はい」」
アレクさんもつきっきりの指導をしてくれているが、祭りまであと1週間程度しかない。
またとないアピールポイントだ、真剣にやってはいるが、せいぜいカタチになる程度までしか行けないだろう。
と、思っていたのはどうやら俺だけだったようだ。
次の日には、光弥はアレクさんの言っていたイメージを完全に自分のものにしていた。
明らかに昨日とは動きのキレが違う。
突きの速度も、振るう時の力強さも、格段に上がっていた。
「これは、凄いな。此処までできれば、連撃の方もやっていいくらいだ」
アレクさんの思わずといったような呟きに、俺も同意見だった。
あと数日もすれば、最初に俺が見学していた連撃種目のコーエンさんにも引けを取らないレベルまで行ける気さえしてくる。
俺には、アレクさんは特に何も言わなかった。
夜、俺は、こっそりとアレクさんの家を抜け出した。
槍を持って。
光弥の才能は知っていた。
あいつは、なんでもすぐにこなして、誰よりも上手くなってしまう。
この世界に来る前、高校に入ったばかりのころ、テニス部に入部したてだった俺たちはコート一面を使って、テニスをする機会に恵まれた。
2人とも受験明けで、ラケットをまともに握るのは久しぶりのはずなのに、最初から光弥の動きに迷いはなかった。
距離感もラケット越しのボール感覚も少しだって鈍っていないのであろう確信をもった両目を前にして、俺はなすすべもなく完敗した。
槍の練習でのアイツは、その時と同じ眼をしていた。
自分のなかに揺らぐことのない確信をもった眼。
恐ろしかった。
あの眼をしたアイツは、その瞬間から一気に遠くまで走って行ってしまう。
元の世界ならそれでも良かった。
周りも俺と似たように光弥の圧倒的な才能に気圧されていて、おかげで俺は余裕があった。
自分のペースで、前に進むことが出来ればいいと思えた。
この世界でそれは、許されない気がする。
この世界では、俺と光弥しかいないという状況がそう思わせているのか。
単純に悔しいからなのか。
分からなかった。
ただ、何かしらの使命感に襲われるようにして、俺は月あかりを頼りに、槍を振るった。
「おお、アカリ君も良くなってるじゃないか」
そうアレクさんに褒められたときに、俺はほっとしてしまった。
昨日の夜から朝まで、俺はずっと練習を重ねた。
気付けば東の空が明るくなるまで槍を握っていた。
そして不思議なことに、陽光が俺の体にまで届いたとき、何かを掴んだ気がした。
まるで見えない何かに導かれるようにして、俺は今までの握り方や立ち方を変えた。
するとそれまでが嘘だったかのように自然と振り抜けた。
無理のない、全体重の乗った横薙ぎの一閃。
振りぬいた瞬間、全身から間欠泉みたいに汗が噴き出るのを感じた。まるで、これ以上に全身の力を出し切ったことなど無かったかのように。
そこから、どうやってベッドまで戻ったのか。疲労で朦朧とした意識のまま眠りに落ちて、気付けば槍の練習の時間になっていた。
正直、自主練のし過ぎで、全体練習の時にはヘロヘロだった。
それでも、朝方に掴んだ感覚に縋るようにして槍をふるうと、その時ほどではないが綺麗に振りぬくことができ、またもや強烈な疲労感に襲われた。
数回も振ると、もはや立てない程まで体力がなくなった。
光弥は昨日よりもさらにキレを増した動きをしていて、連撃の方にまで練習に参加していた。
連撃とは決められた時間内にどれだけ多彩な攻撃を繰り出すことが出来るかを競う競技だ。
一撃には一定以上の威力を求められ、また連続して同じ技を繰り返してはいけないというルールがある。
どうやって威力を測るかというと、まあ、それは祭りまでのお楽しみだ。
とにかく、光弥は連撃の方でも好評らしく、大変賑わっている。
俺も、行くべきだろうか。
いや、一撃を繰り出すたびに息切れするのだ、多分もたないだろう。
それよりも、あの朝の感覚を自分のものにしたい。
光弥のように、淀みなく動けるようになりたい。
今まで、何か1つのことに無限に可能性を感じる瞬間は何度かあった。
テニスであれば、中学の時にドロップボレーにそれを感じた。
上手く使うことが出来れば、自分よりも格上の相手に対しても効果的なポイントを取ることが出来るあの技術に俺はのめりこんだ。
アレのためだけに移動式の壁当てを作って1人で練習できるようにしたほどだ。
センスが無かったので、中学最後の大会にまでは間に合わなかったが、高校でもテニスを続けようという目標の1つになった。
この槍もそれと同じだ。
きっともう、テニスはできない。あの、ボールをネット際に落とせた時の爽快感はもう味わえない。
だから、全部をこの槍にぶつけてやる。
たとえ、祭りの余興だとしても関係ない。
この世界に生きるという覚悟だ。
全てを、砕け散らすほどに。
まあ、あと1週間もないから、さすがに優勝とかは無理だけど。
出来る範囲で、無理しない程度に、気持ちだけは、目の前の壁を砕くつもりで。
頑張ります。
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