第3話 電撃少女のかくしごと
「話が大分逸れたが、整理すると」
ようやく落ち着いたのか、もう七海の身体から例の電気は出ていない。
夜の神社は静寂に包まれていて、遠くからはりんりんと虫の鳴き声が響いている。
「俺が七海の告白を断った日の夜、つまり先週の金曜日。あの日を境に電気が、電撃が出るようになった。原因は不明、と」
「原因はせんぱいです。新村帆高」
「急に呼び捨て倒置法を使うな」
俺の言葉を聞いているのかいないのか、七海はハーフパンツから覗く白い足をぷらぷらと揺らしている。
七海の話がもし本当ならば、俺が彼女からの告白を断ったことが全く関係ないとは言えない気もするが……。
「親には?」
「言えるわけないです」
「そりゃそうだ。……てか、具体的にどんな感じで出たんだ?」
七海は顎に手を当てて少し考え込むと、記憶を辿るようにゆっくりと答える。
「急に、です。夜、暗くした部屋でベットに倒れ込んでたら音がして、青い光が散って。最初は夢でも見てるのかなって思ったんですけど」
「そりゃ夢だと思うわな」
今でも半分、夢なんじゃないかと思っているほどだ。
「先週の金曜日、他に心当たりはないのか? 例えばそう、電気風呂に入ったとか、電気マッサージ受けたとか、コンセント咥えたまま寝たとか」
「せんぱいは私をなんだと思ってるんですかね……? 言っておきますけど、せんぱいに振られた以上のことなんてありませんでしたから。……何にも、手に付かなかったので」
七海が寂しそうな笑みを浮かべるのが見えて、慌てて俺は目を逸らす。
「…………悪い。無神経だった」
「別に、いいですよーだ。謝るくらいなら付き合ってください」
「……まあ、考えとく」
「はあ、どうせせんぱ……っぇえ!? い、今なんて」
「出てるから。ぱちぱち出てるから寄るな」
線香花火みたいな光と音をさせる七海から距離を取る。
もう階段の端まで来てしまっているので、これ以上は俺が草むらに入ることになってしまう。草むらに居るのは七海のはずなのに。
そこでふと気づく。
「そういや七海、さっきはあんなにばちばちやっといて、スマホ無事なの?」
訊ねると、ばちっ、という音と共に青い光が弾けて彼女は一瞬固まる。
「あ、あー。スマホですか。壊れちゃいけないので持ってません」
髪の毛をいじりつつ七海は答えた。
なるほど。懸命な判断だ。
でももし俺が今日来なかったり、何か連絡を入れていたらどうするつもりだったんだろう。
「そもそも、電子機器系統はまともに使えるのか? 全部ぶっ壊れそうな気がするけど」
「出てない時なら、特に問題なく使えてます」
ということは、あの電撃を纏った状態でさえなければ至って普通と変わらないわけだ。本来人間には微弱な電気が流れていると言うし、単純に強弱の問題なのだろうか。
「しかし、よく今まで誰にもバレずに済んだな……。そんだけぱちぱちばちばち鳴って光ってたらすぐに誰かに気づかれそうなもんだけど」
「週末はさすがに家で大人しくしてましたし、普段は心を無にしてますから。というかせんぱいのこと考えてなければ基本大丈夫……」
そこで言葉がぶつ切りのように止まる。
何事かと視線を向けると、月明かりだけでも分かるほどに顔を真っ赤にした七海が、口をわなわなと震わせながらこちらを見ていた。
「いや、いまのは、ち、ちが……」
俺は諦めて目を閉じる。
ついでに耳も塞いでおく。
きっとまた、俺の目の前には青い世界が広がっているのだろう。
しばらく待ってから目を開けると、息を荒くした七海が俺を睨みつけていた。目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「はぁ、はぁ……。こ、これ、なんとかしてくれなかったら私、ずっとせんぱいの後ろを光りながらついていきますからね……」
「とんでもない嫌がらせだ……」
絶対にやめて欲しい。
……本来、面倒ごとはごめんだ。出来ることなら関わり合いになりたくないし、極力避けて生きていきたいと思っている。
そして俺はそんなお人好しではない。
でも、それが後輩の頼みで。俺の責任が少しでもあって。後ろを光りながらついて来られることを思えば。
「……なんとか出来る保証は全くない。手掛かりも当たり前だがほぼゼロだ。俺に出来るのは、こうして七海の話を聞いてやるくらいだ。それでも、いいのなら――」
「それでいいです」
俺が言い終えるよりも先に、七海は言った。
こんな状況だというのに、どうしてか嬉しそうにはにかんで。
「私とせんぱいだけの、秘密ですね」
「あのなあ……」
どう考えてもそんないいもんじゃ無い。
なんて思いながらも、俺もつられて笑う。
「私はまず、どうしたらいいんでしょう?」
七海は座ったまま、こてりと首を傾げる。
最初にやることなんて決まっている。
「――よし。とりあえず夏休みまでの残り二日間は学校休め。話はそれからだ」
***
――結局、帆高先輩は私を家の近くまで送ってくれた。誰かに見られたらいけないからとか、何かあったらとかぶつぶつ言い訳していたけれど。そういう所がきっと私は好きなんだ。
自転車で夜の闇に消えていく先輩の背中を見送って、私は小さくつぶやく。
「……気づかれて、ないよね?」
大きめのTシャツで隠れていたハーフパンツのポケットから、ゆっくりとスマホを取り出す。
画面に触れると、日付が表示された。
夏休みまであと二日。
私は先輩に、初めて嘘をついた。
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