本日も更新ありません。すいません。

たびたびすいません。インフルエンザの流行に鮮やかに巻き込まれ、現在ダウンしています。本編のストーリーを考えられるほどの思考力も無く……。


なのでこのたびもシンプルな小話を置いておきます。

申し訳ありません。






「怪異を探したことはあるか?」

 突然、曽根崎さんにそう尋ねられた。そんなもの、お金でも出ない限りこちらから探しにいくわけなどない。だからそう返したのだ。

「私はあるよ」

 すると、彼は口元だけで笑って言った。

「大概においては、怪異が我々を見つけるものだ。二つの世界が繋がり、怪異の瞳に我らが映る。腕を伸ばして侵入してくる。……それをこちらから探しに行くとはどういった意味を持つか、わかるか?」

 僕は首を横に振る。……今日の曽根崎さんは、少し僕から遠いように思えた。いや、僕からというよりは、この世界からと言うべきか。

「こちらから壊してしまうんだ。境界線をな」

 曽根崎さんの長い人差し指が、つつとデスクを撫でる。僕と彼の間に、見えない一本の線が引かれた。

「こちら側とあちら側。現世と常世。異界からの干渉がああも容易く行われるのであれば、我々も然り」

 見えない線を、曽根崎さんの二本指が乗り越える。

「たとえば、心霊スポットに行くこと。規則的に積まれた石を崩すこと。鬱蒼とした森に埋められた箱に手を伸ばすこと。そういった禁忌を侵すのは、手っ取り早く怪異に自らを差し出す行為だろう。

 だが、もっと単純な方法がある」

 曽根崎さんのもう片方の手が持ち上がる。薬指が、彼の薄い唇を撫でた。

「言葉だ」

 声を奪われたかのような僕は、妖しげな彼の仕草に魅入られていた。

「使い慣れた言葉を、不適切な場所や行動と共に使用する。これだけだ。たったこれだけで特別は異質になり、あちらとこちらの境界線を次第に曖昧にしてしまう」

「……」

「ひとつ、試してみようか」

 ギ、と椅子が鳴る。曽根崎さんは、長い足を鷹揚に組んでいた。先ほど唇に当てられていた指は、今はデスクの引き出しに引っかかっている。

「いらっしゃいませ」

 ガタッと引き出しが開けられる。中に見えるのは、曽根崎さんが仕事で使うのだろう書類。

 すぐに彼は閉めた。けれど、指はまだそこに添えられたままだ。

「いらっしゃいませ」

 また、引き出しが開けられる。書類が見える。

「いらっしゃいませ。いらっしゃいませ。いらっしゃいませ」

 ガタッ、ガタッ、ガタッ。

 書類が見える。次も書類。その次も当然。

 だけど、それが繰り返されるうちに僕は不安になってきた。曽根崎さんの言葉は、まるで誰かを招こうとしているようだ。そして彼の手元では、引き出しという境界が開いたり閉じたりしている。

 今はいい。さっきも大丈夫だった。でも、次は?  その次は?


 招かれたものが姿を現さない保証など、どこにもないのだ。


「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、いらっしゃいませ……」


 曽根崎さんは、なおも引き出しを開けたり閉めたりしている。その何かに取り憑かれたような横顔は、僕を衝動的に動かした。

「やめてください」

 腕を掴むと同時に、ぴたりと曽根崎さんの手が止まる。瞳孔の境目もわからない真っ黒な瞳が、僕を捉えた。しっかり見返して、言った。

「わかりました、わかりましたよ。すごく不気味でゾッとしました。だから、もうやめてください」

「……そうか」

 その声に、未練のようなものが滲んでいるのを感じてしまった。振り払うように「ええ」と短く返し、僕は彼の腕を離す。

 ――単なる引き出しが、怪異と繋がるのを忌避したのは勿論ある。

 だけど……。


 ――この世界と曽根崎さんを繋ぐ糸。それが、ぷつりと切れてしまいそうになる気配を僕は感じたのだ。


 あちら側とこちら側の境界線。もし、それを自ら越える人がいたならどう見えるのだろう。

 僕は、煙のようにふっつりと消滅してしまう曽根崎さんを想像した。

「……変人ならまだしも、狂人を雇用主にするなんてごめんですよ」

 かろうじて吐き捨てる。曽根崎さんは素知らぬ顔で、先ほどまで引き出しにかけていた手を開いては閉じている。

 僕の気なんか、知りもしないで。

「こら」

 その手も止める。彼の目が僕を見あげる。かち合った視線に、今度こそホッとした。

「……今日の怪異探しは、おしまいです」

 曽根崎さんはしばらく僕を見つめていたものの、やがて「ああ」と肩の力を抜いたのだった。

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