6 曽根崎さんとの散策
藤田さんに警告されたものの、村の実情は知っておきたいと思った。何が起こるかわからない時ほど、しっかり情報収集をして現状を見極めたほうがいいというのは、僕なりの経験則だ。
だから曽根崎さんと方舟集落を見て回ることにしたのだけど……。
「あら、あなた新しく方舟に来た人ね! さっき直和君って人も来たのよ。――まあ、弟さん!? どおりで二人ともイケメンだと!」
「え……あなたもお兄さん? その……とっても背が高いのね!」
「座間さんご夫婦のお子さんなんですか? あなたみたいに立派な方ならスミレさんも鼻が高いでしょう。お二人に今までこどもができなかったのは、きっとあなたに会うためだったんでしょうね」
「え……あなたは景清君のお兄さん? 弟さんが心配でここに移住する決意をしたと? それはそれは……えっと、とても兄弟思いなのですね!」
曽根崎バリアの効果は抜群だなぁ。お陰で僕は、親切で人懐っこい方舟の方々と程よい距離感で接することができた。
「息が詰まりそうだ」
かたや曽根崎さんは、この村がいたくお気に召さないようだ。両手に野菜の入ったかごを抱えて、フンと鼻を鳴らす。
「こういう村が、いざちょっとした揉め事が起こると秒で村八分を決行するんだよ。覚えておくといい」
「ムラ社会への偏見を垂れ流さないでください。そんなこと起こりませんよ。豊かな自然と健康的な生活が、この島の人々の心を綺麗にしてるんですから」
「脆弱なインフラと限られた資源。畑や家屋すらなぎ倒す超大型台風の襲来に人々が取った史上最悪の行動とは――」
「不穏なナレーションをしない! 藤田さんと同じことしないでくださいよ」
「あんな下半身から声が出してる男と一緒にするな」
だけど、藤田さんの名を出したことで思い出した。そうだ、彼いわく、僕らに話しかけてくれた人の半数は人じゃない何かなのである。ゾッと肌が粟立った。自分たちに接してくれたのは皆優しい人達だった。少なくとも僕には誰一人として演技しているように見えなかったし、これは曽根崎さんも渋々同意していたことである。
この村は、何なんだ? どういう意図で存在している? 人じゃない何かは、どうして大事な誰かの姿を借りてその人の前に現れ、方舟に呼んだのだろう?
――もしかして、勘繰るだけ無駄なのかもしれない。彼ら彼女らは、ただ純粋に大切な人に会いに来ただけなんじゃ――?
事実、ここの住民達は心底幸せに暮らしているように見えたのである。仲睦まじく手を取り合い、笑い合っている。藤田さんの能力(ちから)を知らなければ、これほど理想的な世界はないと思ったぐらいだ。
「おや、あれは?」
そうして散策を続けていると、村から少し離れた場所にプレハブ小屋が建っていることに気づいた。周囲には草が生い茂り、誰かが住んでいる様子はない。村にあるものと比べると、幾分古いもののように見えた。
「随分と荒れていますね。見てみます?」
「そうだな。物的資源も人的資源も少ない島に空き家があるのは引っかかる。行って調べて――」
「ああ、そりゃやめときな。危ないよ」
曽根崎さんと一緒に行こうとしたら、たまたま通りがかった村のおじいさんに引き止められた。どうも釣りから帰る途中らしい。傍らには、彼と同じ年ぐらいのおばあさんもいた。
「あれは以前使っていた物置小屋だよ。覗いたところで使い物にならん農具しかないし、床が抜けて怪我をするかもしれない」
「あ、住宅じゃないんですね」
「おう。本来ならとっとと解体しなきゃなんねぇんだが、ついつい後回しになってなぁ」
「再利用できなさそうなのは残念ですね。そね……お兄ちゃんの新居にいいかと思ったんですが」
「いいわけないだろ。こんなところに私を一人ぼっちにするな」
曽根崎さんは夏の草原のような爽やかさで微笑んだ。本当は苦々しい顔を作りたかったんだろうな。
そのあとおじいさんに身分を聞かれ答えたところ、「ちょうどたくさん魚が釣れたから、座間さんに持っていこうと思っていた」と案内を頼まれてしまった。本当は残って物置小屋を調べる気満々だったのだけど、断るわけにもいかない。僕と曽根崎さんは、老夫婦と連れ立って集落まで帰ってきた。
出迎えてくれたのはスミレさんだ。
「あら、景清君。それから慎司さんまで」
「えっと、ただいま帰りました。こちらの方が釣った魚のおすそ分けをしたいと言ってくれて……」
「まあ、梅木さん! いつもありがとうございます!」
「なんの。老体二つじゃとても食べ切れんし、何よりスミレさんもやっと夫婦で暮らせるようになったんだ。お祝いだと思って受け取ってくれ」
「はい、ありがたく」
スミレさんは大喜びで魚をザルに移し、頭を下げた。はしゃぐ姿はこどものように感情豊かで、人じゃない存在だとはとても思えない。じっと見ていると、くるりとスミレさんの視線が僕に向いた。
「もしよかったら景清君と慎司さんも一緒にお昼にしない? まだ食べてないでしょう?」
「あ、いえ、僕は……」
「いただきましょう」
ついいつもの癖で遠慮しかけた僕だったけど、曽根崎さんに遮られた。
「あちらのカップルも二人きりになれる時間が必要でしょうしね。もしよろしければ、ご馳走になりたいです」
「決まりね!」
スミレさんは満面の笑みを浮かべて台所に向かう。
「美味しいお魚を食べながら景清君のことをたくさん教えてね。私あなたとおしゃべりするのをとても楽しみにしてたの!」
その言葉と笑顔に胸がぎゅっと詰まった。だけど驚いたのは、その感覚が僕にとってほのかな喜びを伴っていたことだった。
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