5 村の住民たち

 曽根崎さんが見せてくれたツクヨミ財団からのメッセージに、僕と阿蘇さんは絶句していた。いや、阿蘇さんは即座に曽根崎さんのもさっとした後頭部をひっぱたいた。

「早く言えよ!」

 それは本当にそうだな。

「お前……! 俺とお前はともかく景清君と藤田は帰せただろうが!」

「帰せたか? 景清君は座間夫妻の養子だし、君は藤田君のパートナーだ。彼ら二人抜きにして、我々だけ居残るのは難しいだろう」

「ぐ……」

「あらかじめ決めた設定が悪かったな。私が座間夫妻の養子になり、藤田君が忠助のパートナーになるべきだった」

「俺が生き恥晒す未来は変わんねぇのかよ」

「変わらないのはここに来る意志もだ。そうだろ?」

「……」

 曽根崎さんの切り返しに、阿蘇さんは押し黙ってしまった。彼は正義感が強い人だ。図星だったのだろう。

「しかし、我々が不自然に撤退すれば、二度とこの島を訪れられなくなるだろう。だったら一か八か乗り込んでみるかなと考えたんだ」

「島を訪れられなくなる? どうしてそう思ったんですか?」

 そしてようやく二人の会話に介入できた僕である。曽根崎さんは顎に手を当て口を開けたが、少し迷って、こちらを見た。

「座間氏はこう言った。近々大きなイベントが開かれる。それに合わせて移住したいと」

「ええと、スミレさんから頼まれたんですよね?」

「そう。あれからもう少し突っ込んで聞いたんだ。すると、そのイベントは今まで開かれたこともなく、かつ一回きりになる特別なものだと言っていた」

「一回きり? それは珍しいですね」

「だろう。確かに開会式や除幕式など一回こっきりのイベントはあるが、わざわざ内容をぼかし〝一回だけ〟というのを強調するのはどうもきな臭いと思ってな」

 ……少し考えすぎじゃないか。そうよぎったけど、真剣な顔をする曽根崎さんを前にしてしまえばとてもそんなことを言えなかった。それに、この人には僕とは比べ物にならないほどの怪事件を解決してきているのだ。

 でも、彼の言葉を認めるのは、現状僕らが危険に晒されている可能性にも直結する。すんなりと受け入れるのは難しかったのだけど……。

「……まあ、引っかかった点はそれだけじゃないが」曽根崎さんは、続ける。

「それを説明するのは、藤田くんの帰宅を待って――」

「ただい松の材線虫!」

「噂をすれば」

 このタイミングで藤田さんが帰ってきた。なぜか、両手にいっぱいの食料やお菓子を持って。

「どうしたんですか、それ?」

「もらった!」

「誰にです?」

「わかんねぇ! 名前聞く前に『いいからいいから』っていなくなった人もいたから!」

「えええ、後でお礼しなきゃいけないのにそれじゃ困りますよ。まだ外にいらっしゃるかな……」

「無理だよ。みんなオレの姿見るなり一旦家戻って、どさどさ持ってきてくれた感じだからさ」

 それにしたってこの量は多い。しかも種類も多岐にわたり、しばらくはインスタント食品とおやつには不便しなさそうだ。

「親切な人ばっかだったよ」

 阿蘇さんが甘そうなお菓子を確保する横で、藤田さんが胡座をかいて僕に体を向ける。

「新しい方舟の住民なら、もちつもたれつだって。だから景清も、お返しについて気に病むよりは、困ってる人を助けてあげたほうが喜ばれるんじゃないかな」

「そ、そういうものなのでしょうか」

「少なくともこの村はそういう善意の返報で成り立ってるっぽいね」

 にこやかな藤田さんを見ていると、段々と「それもそうかな」と納得が胸に広がっていった。現代社会の都会ではなかなか見られない光景だけど、訳ありの小さなコミュニティならありうるのかもしれない。

「つーか何だよ、松の材線虫って」この問いは阿蘇さんである。藤田さんは嬉しそうに答えた。

「いい質問だね。松の木に侵入して増えて弱らせる線虫だよ」

「そんな害虫と一緒に帰ってくるんじゃない」

「邪険にしないで! あたしたちの子よ、忠助!」

「俺は人間なので腹の子は不貞の子ですね」

「ああああああああ!」

 楽しそうだな、このバカップル。

「ところで藤田君、調査の結果を聞いてもいいか?」

 曽根崎さんの言葉に、阿蘇さんにじゃれついていた藤田さんはぴたっと動きを止めた。急いで座り直すと、真剣な顔を曽根崎さんに向ける。

「……はい。単刀直入にお伝えします。ざっと村を見てきましたが、少なくとも半数近くは人間じゃありませんでした」

「え」

「やはりか」

 曽根崎さんは顎に手を当てて、ニヤリと笑う。……予想できていたとしても、恐怖が滲むのだろう。

 だけど、半数が人間じゃないって?

「この村の住人には、ある特徴があります。例外なく、全員が二人暮らしなんです」

 藤田さんは、右手と左手でそれぞれ人差し指を一本ずつ立てた。けれど、左手のほうを折って見えなくしてしまう。

「そして、その片方だけが人じゃない。これも例外はありませんでした」

「……そうか」

「はい。全員調べたわけじゃないですが、まず間違いないと思います」

「私もそう思うよ。シスターも妙なことを言っていたからな」

 曽根崎さんの口角が更に吊り上がる。僕の疑問がこもった視線に気づいたのか、こちらを向いて教えてくれた。

「君は覚えているか? シスターが我々の家を紹介する前、『一気に三組増えるなんて今までなくって』と言ったことを」

「ええ。でもどこが不自然なんですか?」

「私の設定を忘れたのか? こちらは、弟である君を心配して勝手についてきた独り者だ」

「あ」

 そうだ。グループで言えば、僕と座間さん夫婦、阿蘇さんと藤田さん、曽根崎さんになるはずである。厳密に言えば二組と一人なのだ。

「……単に六人と表現すれば違和感はなかったがな。しかしシスターにとっては、〝組〟でこの島にやってくるのが普通だったとしたら、どうだ? そう言うのが当然だったとしたら」

「……!」

 ――島にいた人が、島の外にいる人を一人だけ連れてきて、共に住む。そんなルールがまかりとおっていることになる。しかも片方は、人じゃないのだ。

「……言うまでもないかもだけど」

 絶句する僕の肩を抱き、優しく静かに囁いたのは藤田さんだ。

「シスターも、人じゃなかったよ。景清、お返しはいいけど外に出るなら気をつけてね」

 つばを飲み込み、藤田さんを振り返る。間近にいた彼は、端正な顔に優しげな笑みを浮かべた。

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