4 密集した集落
桟橋に船をつけ、降りる。さきまで波の上にいたので、固い地面を踏んでいるはずなのにまだ揺れているみたいだ。
そして不安定なその感覚は、今の僕の心情そのままだった。
「まずは皆さんのおうちまでご案内しますね」シスター二河は、にこやかに僕らに言う。
「お荷物は衣服しかないとはいえ重たいでしょう? 先に置いてきてしまいましょう」
「ええ、あなたのご指示どおり、スマートフォンなどの通信機器類も含めて全て置いてきましたからね。しかし、ここまでする必要があったのです?」
尋ねたのは曽根崎さんだ。「有事の際には連絡が取れたほうがいいと思いますが」
対するシスターは、困ったように眉尻を下げた。
「それが、この島にはそもそも電波が通っていませんの。発電機もあるにはありますが、小さいものですし」
「不便そうですね。娯楽も少なそうです」
「ですがその分、大切な方と濃密な時間を過ごせますわ。曽根崎さんは、弟さんが心配でここまで来てくださったんですよね? 浜辺からは夕日が綺麗に見えますし、夜は星が降るようですよ。素晴らしい景色に目を楽しませながら、大切な方とたくさんお話しされてください」
曽根崎さんのクレームに何一つ気分を害した様子もなく、シスターは微笑んだ。……そういえば、僕は座間さん夫婦の養子という設定だった。そうなると、僕は座間さん夫婦と暮らすことになるのだろうか。
「そうでした、あらかじめ謝っておかねばならないことがありまして」
考えていると、シスターが申し訳なさそうに付け加えた。
「実は、私達のほうでご用意できたおうちは二軒だけなのです。一気に三組増えるなんて今までなくって。急いで作ってもらってはいますが、しばらくは二つのおうちで暮らしてくださいませんか」
「一緒に……。えっと、どうしましょう、ざ……お父さん」
「そうだね。僕も景清君と一緒に暮らしたいのは山々だが……」
座間さんは、妻であるスミレさんに目をやった。
「妻と再会してあまり間もなくてね。君さえ良ければ、もう少しだけ夜は彼女と二人きりにさせてほしいんだが」
「わ、わかりました! では僕は、そね……お、お兄ちゃん達と一緒に暮らします!」
「ああ、弟よ。そうするとしようか。直和君達も構わないな?」
「いやよ! アタイは忠助と死ぬほど煮込んだカレーみたいな夜を過ごすんだから!」
「何だ、その水分全部飛んでそうな夜。十年ぐらい幼馴染やってんだから、もう十分だろうが」
「二十年です」
「ほんと忠助が絡むと面倒くせぇ。いつものことか」
藤田さんの許可も得られたので、全員で仮住まいまで向かうことにした。木々の間を歩いて大体十五分ぐらいだろうか。僕らは、ぎゅうぎゅうにトタンの家屋が建ち並んだ集落に足を踏み入れた。
家には簡素ながらも窓があって、住人達が顔を出し朗らかに挨拶をしてくれる。外に出ておしゃべりをしている人や作業をしている人も、わざわざ手を止めて声をかけてきた。そのたびシスターやスミレさんも挨拶を返す。
フレンドリーな人達ばかりだ。曽根崎さんなんか、最初の一人二人に会釈したあとは全員無視しているのに。
特殊な環境が親密さを増幅させるのかな? 僕も咄嗟の八方美人で笑顔を作りながら、そんなことを思っていた。
「こちらです」
そうして案内された家は、言っちゃなんだがほんの半日で建てられたような簡素な小屋だった。シスターいわく、ここから少しずつ住人が好きに手を加えていくのが通例だそうだ。隣に立つ曽根崎さんがボソッと「初期装備ってやつか」と呟いていたけど、多分認識としては間違っていないと思う。
座間さんとは隣同士だった。中は案外広くて、真新しい布団が四人分畳んで並べられている。簡易だけど台所もあって、部屋の隅にはランプが置かれていた。
「じゃ、オレお散歩行ってくる!」
そうして僕が荷物を整理していると、鞄を放り投げただけの藤田さんが靴をはき始めた。フットワークが軽すぎる彼に、クローゼットを確認していた阿蘇さんが顔を上げる。
「外出る? じゃあ俺も……」
「いいよ。阿蘇は景清と曽根崎さんについてあげてて。村をぐるっと見てくるだけだから」
「本音は?」
「いい感じの夜が過ごせそうなフレンド候補がいないか見てきます!」
「ロケットスタートで我を出すな」
「フレンドはいいが藤田君、くれぐれも忠助のパートナーという設定を忘れないようにな」
「出会って二十年という月日。最初こそ初々しいときめきに胸を踊らせていたオレ達だったが、ついにマンネリ期を迎えていた。そんな折、オレはトタン小屋の窓からある人に呼びかけられる――」
「この村全員に当てはまる条件じゃねぇか。食い尽くす気か?」
こういうのなんて言うんだっけな。侵略的外来種だったかな。
ともあれ阿蘇さんの懸念を背に、藤田さんは元気いっぱい飛び出していった。
「まあ、あれは放っておこう」
曽根崎さんはというと、荷物の奥底に隠しておいた怪しげな機器を取り出している。眉を曇らせているところを見るに、やはりあまり良い状況ではないらしい。
だとしたら尚更状況を把握しておかねば。僕は曽根崎さんに身を近づけた。
「曽根崎さん、財団が監視をつけてくれていたって話はどうなりましたか? 随時連絡を取れるようにしておくとも言ってましたけど」
「大体察しはついてるだろ? 彼らは見事に私達を見失ったよ」
曽根崎さんは、安いスマートフォンをつまんでぶら下げている。画面には、財団員からのメッセージとおぼしき暗号めいた文章。
「〝姿が見えない〟」
曽根崎さんが訳してくれる。メッセージが届いた時刻は、僕らがまだ埠頭にいた時のものだった。
「〝ただちに逃げろ。私達は、君達を追えない〟」
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