9 仮定
「確か……烏丸先生が“幽霊”の正体と疑っていたのも、夕菊麗(ゆうぎくれい)という名の女性でしたよね」
「ああ。奇しくも、彼女のシフト表の予定は臓器が盗まれたタイミングと一致している。先生もここから辿り着いたんだろうな」
「なるほど。だけど監視カメラで確認することができないから、犯人として突き出せなかったと」
「ああ」
曽根崎さんは夕菊さんの写真を取り出し、彼女のシフト表に重ねる。
「そしてもしこの二つの事件に同じ女性が関わっているとなると、ある目的が見えてくる」
「目的?」
「そう」
彼は、トントンと指で写真を叩いた。
「人肉の収集だ」
「じ、人肉、ですか? 確かに、病院でも人の部位ばかり盗まれてますけど……。そんなの何に使うんですか」
「さあ。ペットの餌にでもしてるんじゃないか」
「雑な推論ですね」
「仕方ないだろ、現段階じゃ分からないんだから」
「……」
――廃棄される予定の人肉を集め、持ち帰る看護師。ついその光景を想像して怖くなってしまった僕は、慌てて話題を変えた。
「でも、烏丸先生が犯人を突き止めてまだ行動していなかったのはちょっと意外でしたね。いつもなら『面倒くせぇ』って言って、直談判しそうなのに」
「あの人、ああ見えて慎重だからな。今日まではそうしていたらしいが」
「今日までは?」
「うん」ドキリとした僕に、曽根崎さんは顎に手を当てて言う。
「今日の午後五時に彼女と会う約束を取り付けている。それこそ直談判し、もし本当に夕菊麗が犯人なら説得をしたいそうだ。で、その際こっそり私にも立ち会ってほしいと依頼されている」
「だ、大丈夫なんですか? 昨日、その夕菊さんに会話を聞かれてるのに」
「……え?」
「……え? なんですか、その反応」
「や、だって」
曽根崎さんは、目に見えて狼狽していた。
「そうなのか? そりゃ昨日彼女は部屋に来たが、まさか聞かれていたとは……いや、そういえばどのタイミングで来たんだ?」
「えーと、ドアが開いてから結構そこにいらっしゃいましたからね。少なくとも、先生が『犯人の目星がついてる』って言ったのは聞いてると思います。曽根崎さんは覚えてないんですか?」
「覚えてないわけじゃない。だが……」
「だが?」
「……」
曽根崎さんは、顎に手を当てて考えている。けれど、すぐに険しい顔になった。
「これは、烏丸先生が危ないかもしれないな」
「どういうことです?」
「もし本当に夕菊麗が“幽霊”の正体だとしたら、疑われていると知られた可能性が高い。今回の約束を逆手に取り、口封じをしてきてもおかしくない」
「そ、そんなに危ない話ですかね? だって、せいぜい彼女のやることっていったら、廃棄予定の臓器泥棒でしょ?」
「しかし本当に人喰いスナックの主だったら? 人を行方不明にする手立てを持っているとしたら?」
ゾクリと鳥肌が立つ。……ここまでの話は、全て曽根崎さんの「かもしれない」の上に成り立っている推測である。けれど、今僕の脳内に浮かぶ人喰いスナックから見下ろす女性の顔は、あの夕菊さんのものになっていた。
「……追い討ちをかけてすまないが、私の想像した話をさせてくれ」
しかし、彼の懸念はそれだけではないらしい。
「突拍子も無さ過ぎて、いっそ妄想と切り捨てられてもおかしくないものだ。だが行動を共にする君には、聞いておいてほしい」
「な、なんです?」
「――もし、これら人肉を本当に“食料としている何者か”が、いると仮定した場合の話だ」
「……!」
「そうなれば、この表が意味を持ってくる」
曽根崎さんは、臓器泥棒が出た頻度と行方不明者が出た日付の書かれた資料を僕の前に並べた。それから、その一部分を指差す。
「注目してもらいたいのは、量の項目」
「量……?」
「そう。ところで君、もしも今日おにぎり一個しか食べられなかったとしたらどうする?」
「何ですか、いきなり」
「いいから。その場合、翌日の君はどう行動するだろうか」
「えええ? そりゃあお腹が空いてるだろうから、たくさん食べると思いますけど……」
「だよな。多少食べたところで、満足する量でなければ腹は空いたままだろう。そしてそうやって考えた時、私はふと盗まれた臓器の量と行方不明者の現れる時期が気になった」
彼の出したヒントに誘われ、僕も資料を凝視し頭を働かせる。……よく見れば、盗まれた廃棄物の量は一定ではなかった。当然である、廃棄する量が少ない時もあっただろうし、もしくは泥棒するのに都合が悪い時もあっただろうから。
だけど、そういう時は決まってその後に……。
「曽根崎さん、これ……!」僕は、驚きに目を見開いた。
「行方不明者が出てるのは、盗まれた廃棄物が少ない日が続いた後なんですか!?」
「その通り」
曽根崎さんの口元が引き攣って、笑ったような顔になる。
「大正解だ。まるで廃棄物では足りない分の帳尻を合わせるかのように、繁華街で行方不明者が出ている」
「じゃあ、ほんとにこの二つの事件には関連して……!」
「そこまでは断言できない。だが、このパターンを鵜呑みにするなら……」
曽根崎さんが唾を飲みこむ。
「――今また、人喰いスナックが現れる時期に来ている」
僕の頭の中で、『スナック夢乃国』の看板が煌々と灯った。その隣には、妖艶に微笑む夕菊さんが真っ暗なバケモノを背に佇んでいて……。
愕然とする僕に、曽根崎さんが囁く。
「今晩か、明日の晩か。恐らく早晩、繁華街に人喰いスナックが現れまた誰かが行方不明になるだろう。そしてもし幽霊が“誰か”を口封じしたいと思っているなら、その“誰か”が次の行方不明者となる可能性が高い」
烏丸先生の気怠げな横顔が思い浮かぶ。――この推測が正しいのならば、一刻も早く先生に連絡をし、逃げて家に引きこもってもらうよう伝えねばならない。
僕は早急に彼に真実を伝えるべく、事務所備え付けの電話の受話器を持ち上げた。
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