5『ゲイバー 暴発』

「ンだよ、ここにはメシ食いに来ただけかよ。せっかく捜査すんだから、情報が得られそうな場所で食べた方が……」

「ほら忠助、杏仁豆腐も注文していいから」

「サンキュー」

「でも曽根崎さん、この後は別のお店で聞き込みをする予定なんですよね? じゃああまり食べ過ぎない方がいいですか?」

「気にしなくていいよ。むしろがっつり食べておいた方がいいかもしれん」

「そうですか?」

「うん」曽根崎さんは、阿蘇さんのお皿に胡麻団子を流し込みながら言った。

「次に行く場所では、おそらく食事をする余裕が無いと思うから」

「?」

 そしてその言葉の意味は、中華料理店を出た十五分後存分に思い知ることになったのである。




「きゃーっ! 阿蘇ちゃん来てくれたの!? 相変わらずの男ぶりねぇ! いつぶり!? ねぇいつぶりなのよ!?」

「まさかアタイの名前を忘れたなんて言わないわよね!? 言ってご覧なさい、胸板引き剥がして額縁に入れて飾るわよ!?」

「ねぇ前来てくれたタンちゃんは!? アタシのタンちゃんはどこ!!?」

「え、やだ何この色男! は!? 阿蘇ちゃんのお兄様!?」

「あらン好みだわっ! んもうーっ、食べちゃいたいっ!」

「アタシはこのイケメンをお持ち帰りよォん!」

 ――分厚い化粧と目がチカチカするドレスを身に纏ったお姉さん(?)たちが、押し寄せる中。曽根崎さんに盾にされた僕は、その中心にてプルプルと怯えていた。

 ここは『ゲイバー 暴発』。今夜のメインの聞き込み先である。嘘みたいな名前だけど、酔っ払ったママがその辺の兄ちゃんとワンナイトした時の勢いで命名したらしい。流れマジかよ。

「おうよ、みんな久しぶり」一方、阿蘇さんはまったく落ち着いたものである。

「ちょっと飲みてぇんだけど、今って席空いてる? できればママの近くがいいんだけど」

「いやあああん何それ!? 阿蘇ちゃん、アタシたちを差し置いてママのとこに行く気!?」

「許さないわよ! 荒ぶる私たちへの生贄としてこのスケベな目の男を置いていきなさい!」

「そそそそ曽根崎さーん!」

 べりっと曽根崎さんが僕の背中から引き剥がされ、連れ去られようとする。可哀想だが、僕には為す術がない。

 その時だった。

「ちょっとアンタたち! ブーブー騒いでみっともないわよ!」

 野太くもシナを作った声が、店内中に響き渡る。現れたのは、短髪の髪先をピンクに染めたミニワンピースのおじさん。

 ……いや違う。ゲイバー『暴発』のママ、チルティさんである。

「んもう、遠慮を知らないおブスばかりで困っちゃうわねぇ! 阿蘇ちゃん、アタシと飲みたいんでしょ? カウンター空けといたからこっちへ来なさい!」

「ええー、ママばっかずるいー」

「おこぼれのイケメン舐めさせてよぅー」

「お黙り、妖怪ども! アンタらは剥がれたルージュの代わりに梅干しでも塗ってな!」

 チルティさんに一喝され、お姉さん(?)たちは渋々引き下がる。その隙に僕は曽根崎さんを奪還し、カウンターへと引きずっていった。

 ママが奢ってくれたカシスオレンジに口をつけ、やっと人心地がつく。チルティさんは頬杖をつきながら、真っ赤な紅を引いた唇をすぼめてみせた。

「ごめんなさいねぇ子猫ちゃんたち。びっくりさせちゃったでしょ? 何せここ最近妙な噂が立ってるじゃない。お客さんも減っちゃって、色男が来ようもんならもうこの通りなのよ」

「賑やかなのはいいことです。お陰で俺も、飢えたチンパンジーの檻に入れられたフルーツの気分を味わえました」

「言うわね。ところでこちらのお二人さんは? 一人は阿蘇ちゃんのお兄さんって言ってたけど……」

「ええ、兄とその後輩です。兄は探偵のようなことをやってまして、今俺が追っている事件にも協力してくれてるんです」

「ヤダ、粒揃いじゃないのー。お兄さんはスタイル良くってセクシーだし、この子はもういちごみるくちゃんって感じだし!」

 知らなかった。僕いちごみるくだったのか。

「……ところで、チルティさん」阿蘇さんは、ロックグラスをからんと傾けて鋭い目を細める。

「先ほど妙な噂と言いましたが、やはりあの“人喰いスナック”の件ですか?」

「そうそう」

「確かその噂の出どころは、ここのお客さんだと聞きましたが」

「あら、丹波ちゃんが話したのかしら。そうよ、お客さんの中で、人喰いスナックに遭遇した人がいたの」

 この言葉に、隣にいる曽根崎さんの纏う空気がピリッとした。心なしか、僕も指の先が強張っている。

「でもその時、本人はべろんべろんに酔っ払ってたもんだからねー。面倒見きれないってんで友達がスナックの前でタクシー呼んで、そのまま帰ったそうなの」

「で、翌日からスナックに入ったはずの友人が行方不明になったと」

「そうなのよー! しかもお客さんも場所を覚えてなくってね。唯一覚えてたスナックの名前も存在しないものだったし、逆に警察に疑われたって落ち込んでたわぁ」

「その店名は何と?」

 曽根崎さんが割り込んできた。チルティさんは「あらイイ声」と嬉しそうにしながら、快く教えてくれる。

「ええっとね……確か、『夢乃国(ユメノクニ)』といったかしら」

「へぇ、ユメノクニ」

「いい雰囲気のお店らしいわよぉ。ふらっと入っちゃいたくなるような」

「可能であれば、そのお客さんからも話を聞きたいのですが」

「それがねー、もう関わりたくないからって会社辞めて引っ越しちゃったのよぉ。今はもうどこにいるかも分かんないわぁ」

「そうですか」

 それは残念だ。その人なら、大きな手がかりを持ってそうだったのに。

 そう思っていると、ここでチルティさんがぐいと身を乗り出してきた。

「でもね、最後にあの子言ってたわ。アレ、ほんとはヤクザが目眩しのために流した噂なのかもって」

「……え?」

 思わぬ単語にギクッと肩が跳ねる。……ヤクザ? 曽根崎さんも興味を引かれたのだろう。首を傾げて、妖艶な仕草で眼鏡を直した。

「……それは大変気になるご発言ですね。何か物騒なものでも見たのでしょうか」

「ええ。……阿蘇ちゃんも、今から言う話をよく聞いときなさい」

「はい」

 チルティさんの顔が近づき、香水と化粧の混じった匂いが強くなる。彼女は、声を落として言った。

「あの子、自分が疑われたのとお友達がいなくなったのが悔しくて、しばらく一人で『夢乃国』を見つけようって頑張ってたのよ。それで、一週間ぐらいした頃かしら。深夜いつものように歩いていると、ふと地面に赤黒い塊が落ちているのを見つけたんですって。

 気になって、近くまで寄ってみたそうよ。あまりにも臭いから、最初は誰かの嘔吐物か何かと思ったみたいね。

 ――でも、違った」

 抑えたような言葉と共に、濃いアイラインが引かれたチルティさんの目が険しくなる。

「虫のたかるそれは――その塊は、ズタズタになった人の膝から下だったのよ」

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