弐 内国霞が関の道場

第11話 尚武館館長 光川師匠

 会議室を出ると、草下は勝手を知っている風のむつみを脇に伴いながら、長い廊下を進んでいった。サンギと桃佳はあとに続く。廊下を右に曲がると、前方に、建物をつなぐらしい敷居のようなところがあり、制帽を深くかぶった警備員姿の男がいた。

 頭上に案内板がある。近づくと「北館」と書かれていることが分かる。

 四人が近づくと、男は制帽を取り、「どうも、警備のおじさんです」と笑いかけてきた。男の丸いメガネの丸い顔に、皆の目が集まる。

 

 草下が、「師匠」とどこか呆れた風な声を出す。そして、男に左の掌を向けつつ、

「こちらは、光川教官です。皆さんには、霞が関の地下道場である尚武館の館長かんちょうと紹介させてもらう方が分かりやすい、かもだけれど」

 と言う。これまで桃佳たちの前でスパスパと段取り良く物事を進めてきた草下だが、この場ではどこか歯切れが悪そうだ。他方、光川と紹介された男の方は、愛嬌よさげな笑みを浮かべたまま。

 

 桃佳は、やはり道場と呼ばれるところに今は向かっていて、目の前の光川という人がそこのあるじなのだろうということは分かった。そして、年齢的にも草下より随分と年上と思われるこの人が、格の面でも上のお立場なのだろうということも。

 

「ほな、そこに行こうか」と光川は、横を向き、一歩だけ歩を進めると防火扉らしき扉を開けた。

 扉の先は薄暗い。外からの明かりが入らない内階段となっていた。非常階段なのだろうか。

 

 光川を先頭に、階段を登りはじめた。草下とむつみが続く。サンギの隣が桃佳。サンギが光川の笑みが伝染ったような笑みを浮かべているのを、桃佳は視て取った。道場で身体を動かすのが楽しみなのだろう。


 半階だけのぼったところに無愛想なエレベータ乗り場があった。光川は、その前で立ち止まった。後ろを歩いていた草下が、光川の脇まで歩みより、そこにあるディスプレイを見つめる。虹彩認証か何かのバイオ認証なのだろうか、ディスプレイの上にあるランプが赤色から黄色に変わった。


 興味深げに草下の所作を見つめていた桃佳だったが、胸元への視線を感じる。

 光川が、胸元をじいと視ている。桃佳は丸メガネ越しの光川に心のうちを見据えられている気がしたが、視線はむつみの方へと移っていった。


 二人の異能者を見定めるといったふうの・・・道場主光川。

 その光川は、むつみの目を見て言った。

「モナカ君にこのエレベーターのお作法を教えてあげて、ムチムチ君」


 直後。

「師匠!」と、草下が強い口調と共に、光川を睨みつけた。

 

 光川にまで先程のモナカ宣言が伝わっていることに気を取られた桃佳は、草下が何に怒ったのかはじめ分からなかったが、むつみのニックネームであるムツムツをあえて(?)ムチムチと言い間違えて、大きなお胸をはじめメリハリの効いたむつみの身体つきを指したのだろうということに、思いが至った。


 そして、睦の方に視線が向かう前に、光川が自身に視線を向けていたことにも思い至る。女性としてはどちらかと言えば小柄ななむつみがグラマラスな身体つきを持つ一方で、中3にして背丈はおそらくむつみを追い越している桃佳の方は、そうではない、ということを暗に言われた気がする。


 桃佳は、東京に来てはじめて、憤慨した。

 

 斜め前にいたむつみが桃佳を振り返る。機嫌を損ねた様が顔に出てしまっていたのだろうか。一歩上の階段に立ったことで見かけの背丈としては桃佳の背丈を上回った睦は、両手を広げて呆れたわねといった風なポーズを、取ってみせた。


 睦の豊かな胸が桃佳の視線の真ん中に迫る。別に見せつける気ではないのは分かりはするが、少し釈然としない気は残る。


 (そう言えば)、と、仙臺名物の二色最中にしきもなかの慎まやかに膨らんだ形状を思い浮かべる。二色最中にしきもなかは、仙臺では験を担いで2個を対にして贈り物とされる。

 そんなことを桃佳は変に意識したことは全くなかったが、モナカという名前がいつの間にか広がった訳は、まさか桃と比べれば、平べったい形状の最中もなかが自分にはお似合いだとでも言いたいがためのか、と桃佳は思い、秘かに愕然とした。


(まぁ、さすがにそんなことはないわよね)


 割と二色最中にしきもなかが好きな桃佳は、自らのよこしまな思いを恥じた。

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