第10話 隣接異世界の魔法使いの転移の件

 むつみが口に出した、隣接異世界からの魔法使いの転移者の件は有名だ。

 

 桃佳が小6の時の夏休みの終わり、夏の風物詩、浅草花火大会に多くの観客たちが集う眼前で、閉園されたジェットコースターを静かに解体してみせた三人組。


 一部始終は、花火大会を撮影に来ていたテレビ局にも撮影された。桃佳がその事を知ったのは、その日のお風呂上がりのこと。

 姉が、テレビに、『速報 浅草花火大会開催前の怪事件について、政府が記者会見。』というテロップが出たと言った。

 寝間着代わりの大きめのシャツのまま、足元はバスタオルをかけて、桃佳は姉とテレビを見た。遅れて来た母が、桃佳に「ちゃんとパジャマの下を履きなさい」と注意したが、会見が始まったので、桃佳は母と姉と同じくテレビを見つめた。


 30分ほどの政府会見では、花火大会におけるジェットコースターの解体劇は、隣接世界から転移者の手によるものだと、冒頭で認めてみせた。録画されていた実際の解体の様子が映し出される中、解体には、重力操作、摩擦力操作等の魔法が使用されたのだの説明が入る。

 そして、政府は転移者たちと既に良好な関係を構築している、転移者たちがこの世界へと現れたのは、この世界に脅威を与えようとするものではなく、むしろ、内国と周辺諸国を守らんがするためなのだと続け、会見は打ち切られた。


 翌朝からの新聞紙面はこのニュースが一面を飾り、次いで開催された臨時国会では、野党議員などがさまざまな疑問の声を上げ半月ほどの議論が行われた末、ともあれ、転移者たちがたとえ魔法のような力を有しようとも、当然に基本的人権を有するといった宣言を盛り込んだ超党派の議員決議がなされた。


 その後、例の泡沫の星空を取り戻す変異があり、世の関心は、全国民を巻き込むその事象へと集まった。そして、内国の者にも異能を発現するものがあらわれ始めたことから、

 世論は、多少理解できないことが生じたとしても、もはや受け入れざるを得ないのだといった流れに傾いていった。結局、ごく少数に過ぎない、転移者を対象とした立法の機運が盛り上がることはなく、転移者の内国における法的地位は冒頭の議員決議によるままである。

 

「3年前、私は18歳。未成年というわけ。なので、今日のモナカちゃんと同じく未成年枠で私の氏名が公開されることはなかったわ。今はもう二十歳になってるけれども、草下捜査官にも協力をする身ということもあって、転移者としての私は、公になってこなかったの。私の魔法は、というか、内国風に異能は、といった方がいいわね。物性強化と物性透過。これが私の異能よ。サンギ君とのモナカ問答を、ここの隣の隣の部屋からから聞かせてもらったのは、物質透過の異能の働きの方ね」


 あっけに取られた桃佳を前に、

「桃佳ちゃんの寝顔とか覗いたりはしないから大丈夫よ。私の物質透過の異能は、ただ音波を壁を通して聞くだけの力だし、私に覗きの趣味はないのね」

 と、むつみは付け足して、微笑む。桃佳の目から見てもうらやましく思える女性らしいやわらかな体つきに、おっとりとした封のむつみに、覗きの趣味は必要ないだろう。

 だが、むつみの異能が話した通りのものだけとは限らない。壁越しに声を聞いてしまう異能だけでも公安部は重宝しているのだろうが、さらなる異能だって持っているのかもしれない。


 桃佳がそう思った時に、

「それでは、行きましょうか」

 との声がかかった。草下だった。彼女は、説明会議後に座長たちの方に何やら話に行っていたのだが、そちらの用事は片付いたらしい。

「よしっ」と、サンギが掛け声を上げながら立ち上がった。思わず振り返った桃佳に、

「モナカ、道場でのお稽古の時間がきたらしい」

 とサンギは声をかける。

「一応段取りは聞いていてな。モナカはそちらのムツムツさんとペアらしい」と言う。


 その声にはむつみが応えた。

「そうなの。南方の新島行きを前に、私の物性強化の異能と、モナカちゃんのテレキネシスの異能との組合わせるところを見ておきたいって、いうことらしいの」

 見ておきたいとは、誰が?などと桃佳は聞いておきたかったが、草下が早速に歩きだしたのを見て取った、むつみは、

「詳しい話は後でね」、と言い、草下について歩き出す。

 

 桃佳もその後に続く。そう言えば、と、桃佳は、サンギは、会見前に少し道場のことを聞いたときに、ペアを組んでの組み体操といった風のことを言っていたことを思い出した。このことを言っていたのかな、桃佳は思う。


 会議室の出口近くで、そんな桃佳の方に、マイクを手に向かい近づいてくる者がいた。桃佳が戸惑いを覚えそうになった刹那に前に草下が出た。手早くそのメディア関係者らしき者に何事かを話し、退散いただいく。


 公安での捜査官という仕事がどんなものかは知らないが、大人力おとなりょくのようなものが鍛えられる仕事なのだろうかと思いつつ、桃佳は草下に感謝した。

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