第9話 隣接異世界からの転移者 六本睦

 その後、桃佳改めモナカは、伊能二等尉が言っていた地下道場のことをサンギに聞いてみた。サンギは知っているらしく、たどたどしげに説明しようとしてくれた。


・・・が、そこでマイクの電源が入り、事務局のスラリとしたスーツ姿の女性が、「それでは、ベロネフィアの国外南方新島等における調査研究検討会の検討成果の一環として、派遣される南方新島への調査派遣チームについてのメディア説明会を開催いたします」ととうとうと話し始めた。桃佳が視線を前方に戻す。


 すると、右手に、草下と、ショートカットの女性が現れた。草下は先程まで上司が座っていた席に座りながら、小声で「六本睦むつもとむつみさん。ムツムツ、ね」と言った。

 ショートカットの女性がその声に合わせて、桃佳の方に向けて、微笑んでおじぎをして、桃佳の右に座った。

 笑みも所作もやわらかだった。むつみの姿に、自分には未だ身についてない(と思っている)女性らしさを感じた桃佳は、丁寧におじぎを返した。


 国防軍の制服を着た男性を新たに横に従えた座長が、テレビカメラに向かって、今回の調査行の意義を説明していく。


 桃佳は話を聞きながら、受け取ったブリーフィングの中に、彼女の上役からの紹介文『ムツムツこと、六本睦むつもとむつみ』というが貼り付けられていたのを思い出した。ぬいぐるみのようなニックネームが国防軍からのメッセージに入っていたことが意外だったことに加え、


 その国防軍の伊能よりも固い感じがする草下がそのニックネームを使ったことに意外感を覚えていた。

 そんなことを思っているうちに、説明会の方は滞りなく進み、座長と官僚、国防軍のおえらいさんが立ち上がって挨拶すると、そこからはそれぞれ左右に立っていた学術調査チームとその護衛の国防軍の制服姿とが順に挨拶をした。

 その次に、草下が立ち上がりマイクを手にすると、脇の異能者3人が参加することと、その意義について、説明をはじめた。


 そつのない説明が終わったところで、むつみ、桃佳、サンギの3人は立ち上がり、頭を下げた。言われていたとおり、テレビカメラが桃佳たちの方に向くことはなかった。

 

 会の全てが終わった。検討会、昼食、それに説明会を併せ、2時間半強の時間が経過していた。また、室内は多くの人がいる中、事務局と思しき職員たちが片付けを進めていく。


 むつみが隣の桃佳に声をかけた。

「改めまして、六本睦むつもとむつみです。よろしくね」

「はじめまして、上杉桃佳と申します。宜しくお願いします」

 桃佳は改めて、丁寧に頭を下げる。


 むつみは、

六本むつもとって、この内国ではなかなかない名前なのでしょう。言いにくいでしょうから、草下捜査官のおっしゃる通り、ムツムツで言いわよ。モナカ」

 といたずらっぽく笑いかける。

 

 しばらく前に桃佳は思いつきで、サンギにバンドルネームとししモナカと名乗ったことを思い起こす。


 (でも、あの時、六本むつもと...ムツムツさんはいなかったはず。)

 桃佳は秘め事を知られたような、恥ずかしさ半分、驚き半分の心持ちとなる。

 

 桃佳の目が見張ったところを、むつみは満足げに頷くと、

「おそらくは聞かされてはいないと思うけれど、私はサンギ君のような外地の人ではなくてね。本土の日本人よ。ただ、隣接異世界の、ね。3年くらい前に、よくニュースになっていた異世界からの転移者の一人」

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