第8話 バンドルネーム モナカ

「ベロネフィアの国外南方新島等における調査研究検討会」は、時間通りに全ての論点をこなし終えた。


 会議室のドアが開いた。業者が弁当を運び込んできて、着席者ひとりひとりに弁当と新しいお茶を置いていく。一方で、いそいそと、席を立って、会議室を後にする委員もいる。

 閉ざされた室内の空気が動き出す中、脇に座る草下が、桃佳とサンギの方を向いて、「お疲れさま」と言った。


次いで、

「皆さんの昼食が進んだところで今回の調査チームの紹介があるんだけれど、お偉い方々の紹介から進んでいくから、そのままゆっくりとお弁当を食べててね。最後の方で、後から合流予定の六本さんと3人で挨拶してもらう段取りなんだけど、話した通り、未成年者がいるということで、3人の前ではテレビカメラは回らないし、セリフも必要ないから、特に緊張しなくてもいいからね。トイレも今のうち、ご自由にどうぞ」

と、そつなく段取りを話してくれる。


 委員のうち半分ほどが退席し、桃佳たちから反対のロの字型の一角が取り払われた。テレビ局の人々らしい一団が部屋に入ってきた。テレビカメラの向けられた方向いる座長の方に、一団の中のおえらいさんと思われる人々が挨拶をしている。

 

 草下の助言に従い、桃佳は、渡された幕の内弁当を食べ始めた。


 周りの状況にいささか落ち着かない思いはあるが、桃佳は未だ育ち盛りのお嬢様。時折り、(この春巻きおいしいかも♪)などと秘かに喜んだりしながら、順調にお弁当を食べ進めていった。


 徳川は東照大権現様の直系である葵さまを内国にお出迎えするがためと、今回の件を父から聞いてからのことを、桃佳は、思い起こす。それは名誉なこと。

 とはいえ、ただの中学3年生に過ぎない桃佳に、何かができるというわけではない。先程案内をしてもらった伊能二等尉のチームが身辺警護を担当し、航空機を操るパイロットさんが葵さまを内国へとお運びするといった段取りは既に立てられていた。

 自らは、上杉家という、内国の政情にふさわしい紋を揃えるための飾り物といったところなのだといった風に、桃佳は身の程をわきまえている。

 

 ふと、気がつくと、隣のサンギは既に幕の内弁当を食べ終えていた。

 

 既に食休みといった風に、紙コップにつがれたお茶を手にしていたサンギは、桃佳の視線に気がついたのか、

「緊張しているのかい。姫さま?」

 と聞いてくる。桃佳の頭に、端午の節句のお雛様の姫様が思い浮かぶ。


 自身を飾り物と認めていた思いを見抜かれたような気がした桃佳は、

「姫ではなく、上杉桃佳かみすぎももかです」

 と、硬い声でフルネームをとっさに答えた。

 

 サンギは、お茶をくっと飲んでから、

「りょうかい、モモカさま」

 と笑い顔を向けてきた。サンギは桃という語を言い慣れていないのか、桃佳の耳には、モナカさまかナナカサマかといった風に、入ってきた。気がつくと屈託のないサンギの笑顔につられ笑いをしている自分がいた。


 ふと、思い立ち、

「年下に様づけはさまにならないでしょう。そうね・・・モナカと呼んでください」

 と口もとを含み笑い、言った。男性に名前で呼ばれるのは恥ずかしかったし、家名で呼ばれるのはさらに恥ずかしい。とっさに、モナカと呼ばせてしまえば、なんか可笑しさが先に出て恥ずかしくならないだろうと思った桃佳なのだった。

 

「いいぜよ、モナカ。ぼくはサンギで、な」

 とサンギは応えた。いいぜよ、という、どこからか持ってきたような返事に、当然のように内国風ではないイントネーション。でも、異世界の孤島への飛行を前に、異国の同行人はふさわしい気がした。

 

 後に、占星術的球体世界テトラビブロスフィアの隣接世界にまでにその名を広く轟かせることとなる、モナカという、上杉桃佳かみすぎももかのバンドルネームはこうして誕生したのだった。

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