第12話 光川館長の非常階段講義(?)

 むつみが、省庁内の警備用のエレベーターの認証者は、登りと下りとで違う者とするのが慣例なのだとの説明をしてくれた。エレベーターの認証サーバ自体はスタンドアロンで動いているので外から乗っ取られることはないのだけれど、認証サーバのログをハッキングされ奪われたことがあって、と睦は続けた。睦の話の後半から我に帰った桃佳は、中央官庁の警備用システムにまでハッカーが侵入しているという事態を知って表情を固くした。

 

 その桃佳に、光川が頷いた。

「この建物だけじゃなくてね。霞が関の省庁それぞれの非常階段は公安部の所管なんだよ。このエレベーターは各省庁の幹部クラスが使う他は公安の警備担当が使う」

 

 タクシーが減速したところで桃佳が見上げたときに感じたのだが、今いる郵通省はじめ、霞が関の建物はかなり年季がはいったものか多いようだ。日頃通っている上杉家の道場がある旧家も建てられてからかなりの年月を経ていることもあり、桃佳はそれらの建物を少し親近感を覚えていたのだが。とにかく、明らかに前世紀から建っていたであろう、郵通省の建物のエレベーターにハイテクな仕掛けがあることには納得できた。

 

 光川が続ける。

「非常階段にはいる扉に鍵かかってなかったよね。この建物の各階は、上の方のある幹部用フロアをのぞいて、みんなそうなんだ。霞が関の多数派は今やエコロジストだからね。お役所というところは、今日の委員会がそうだったように多くの書類を扱う。それを、上に下に運ぶ必要があるんだけど、多くは非常階段を歩いて運ばれるんだ。だいたい、午前10時くらいと午後2時くらいは会議の準備でけっこうな賑わいだね。それ以外の時間も、ちょっとした書類を運ぶ必要になることは多い」

 

 その時、エレベーターの間もなくの到着を告げるランプが点灯しはじめた。

 むつみが、「光川教官、到着です」と光川は話を遮った。

 

 光川は、「うん」と頷いたきり、話を続ける。脇の草下はそっぽを向いている。

「霞が関の省庁というところはね。仕事が忙しい課のところでは一人か二人、都内の女子大生をアルバイトに雇っていることが多い。ちょっとした書類は、その子たちが、この非常階段を使って運ぶことが多いんだ。サンギ君、だったね。この場合、懸念されることは何だと思う?」

 と、一番後列に立つサンギに声をかけた。突然にサンギに話を振られたのと、エレベーターの扉が開くのはほぼ同時だった。

 サンギが何か言おうとする前に、草下がすかさず「乗るわよ」と声を出した。

 

 エレベーターの中は思ったよりも広かった。10名ほどが乗れそうだ。そして、全てのエレベーターの出口の様子が上のディスプレイに映し出されていた。幹部用らしいどことなく上品そうな上階と、さきほどまでと同じ普通の非常階段らしきものが3つ。地下二階という表示もあり、こちらが先程の地下駐車場や、これから案内される道場につながっているのだろう。

 

 エレベーターの扉が閉じるなり、光川の講義(?)は再開された。

「お気づきの通り、これ、遅いのよね」

 と草下は、エレベーターの方を振り返り言った。


「霞が関の建物の非常階段には、ここに映っているもの含め、それなりに防犯カメラが設置されていてね。もちろん、入館だってコントロールされている。だけどね。どこの非常階段もどこか薄暗いのが多いのがいけないのか、出るんだよね。女子大生をつけ狙う変態漢へんたいかんが。それで、下の階に詰めている警備員が気がついて向かおうとするんだけれど、このエレベーターはご覧の通りに遅いし、階段をかけあげるにしても限度がある。そうこうするうちに変態漢へんたいかんはさっと逃げてしまう。で、笑い話なんだけれども、その手の変態漢へんたいかんに手を焼いた省庁総務課は、『陰部を露出する変態漢へんたいかんが当省の非常階段に現れました。女性職員は人気のない時間帯には非常階段に立ち入ることはやめエレベーターを利用しましょう。』といったメッセージが流したらしい。田舎の山の熊出没注意じゃないんだからねぇ」

と光川は続けた。何の話をしているのかは大体はわかってしまった桃佳だったが、初めて合ってすぐに大人がする話ではないことということも分かり、呆れてしまう。

 

 エレベーターの扉がゆっくりと開いた。光川がゆっくりと外に出る。草下が扉のボタンを押して、むつみに次に出るよう目で促した。むつみ、桃佳、サンギ、最後に草下の順でエレベーターの外に出る。


 光川が、道場の階に着いたら話はおしまいとばかりに何も言わないで歩んでいく。エレベーターの右手からまっすぐに続く地下通路を光川の後ろを追いながら、皆は縦一列となって歩く。


 誰に向かって言う、でもない風に、むつみは話し始める。

「まぁ、そんなことで、この界隈に配属された私が、魔法、つまりは異能を活かした熊退治をすることになったわけです。防犯カメラにモーションセンサーなど、霞が関のどこかのビルに現れる困った熊さんを見つけるのに、皆さんにあれこれ手を尽くしてもらいまして。私の役割は現行犯を押さえるところです。まぁ、物性強化魔法がありますので、変態熊が伸ばしてくる手は、わたくしには届きませんし」


 むつみは、はぁ、と一息ついて続ける。

「ということで、就活用のようなスーツを着て、重そうな紙書類を両手に持った私の前に、森の熊さんが現れたわけです。熊さんは、まぁ、お約束の長いコートを来てまして。私の前で、そのコートをバッと開いて困ったものをお見せしてくださろうとしたところを現行犯逮捕、というわけです」


 光景がどことなく思い浮かんだ。

(なんというお仕事・・・)


 ここでむつみは、話を止め、光川を先頭とした縦一列の足音だけとなった。


 草下が話を引き取る。

「ムツムツが持っていた紙書類というのは、特製の折り紙になっていてね。斜めに引っ張るとささっと半径1メートルくらいの円のように展開されるのよ。その折り紙をムツムツの物性強化で固めて逃げ道をふさぐという段取りで。上に逃げたところを警備員が現行犯逮捕という次第」


「それまでに被害にあった方々から、その変態さんが何をするかはだいたいわかってましたので、その人がコートをバッとしようとしたら、私は折り紙を展開する。そうすると、逃げ道は防げますし、私も余計なものを目にしなくてもすみました。まぁ、現場写真は隠しカメラにまかせて私は目をつむったままだったんですけどね」


「当時、公安入りたての私が18歳。異世界から転移してきたばかりのムツムツは16歳。そんな二人がコンビを組んでの初仕事が、これよ」

と草下。


「桃佳ちゃんも気をつけて、というお話」

と再び草下。


何を気をつけるととうお話...と桃佳が思いかけたところで、

「変態館長に気をつけて、というところやな」

と先頭の光川館長がオチをつける。


(自分で言うの)と、桃佳はさらに呆れてしまう。

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