壱 内国霞が関

第4話 車中の会話

 桃佳ももかを後部座席に乗せた公用車は本日の最初の目的地の霞が関に向かう。父が勤める郵政通信省の通信総合政策局において、南方新島の調査チームが集っての会議が昼食を挟んで行われるのだという。役所で会議をするなどということは、桃佳ももかにとってそれこそ父たち大人の世界の話。実際、異能者という枠で調査チームに加わる桃佳ももかは、チームの最年少だった。

 ブリーフィングによれば、チームの女性陣の中で、次いで若いのは二十歳の六本睦むつもとむつみさんと、そして、二十二歳の藍服あいふく伊能紗耶香いのうさやか二等尉。共に、姉の巳華美みかみと同い年か年上となる。桃佳ももかからすると、彼女たちも大人と構えてしまうところだろう。

 

 落ち着いた色合いの公用車の中も、前列に初見の大人二人と、後列に桃佳ももかひとりという、会話が弾まなそうな構図である。


 ・・・が、前列助手席に座った車中で伊能いのうは、早速に距離を詰めてきた。

 バックミラーを介してちらりと桃佳ももかを見やりながら、

 「桃佳ももかちゃんて、学校の方では、彼女にしたいタイプというより、彼氏にしたいタイプなのかしら」

 と愛嬌を込めて微笑んだ。緊張のためか瞑想なのか、どこを見るでもなく自分の世界に入りかけていた桃佳ももかだったが、彼女とか彼氏とか、場にふさわしくなさそうな言葉が耳に入り思わず、バックミラー越しに、伊能いのう二等尉と目を合わせた。


 目線を受けた、伊能いのう二等尉は、

「内国を出るってこと、入隊してから私も初めてなんだ。明日から向かう地は、内国の法規は適用されない。おうちに立派な道場をお持ちの上杉かみすぎさんはわかるでしょう。このことの意味?」

という。

桃佳ももかはすぐに口を開けなかったが、目元が少し見開かれる。


伊能いのう二等尉は、続ける。

「私が国防軍に入隊したその年はね、内国がこの地に転移してから半年も経っていなかったの。新兵ながら感じたのは、軍の中の、とにかく厳戒態勢だ、という雰囲気。日々の訓示も、膨大に広いこの新地に何が出てくるか分からない中、なんてところから始まるのよね。あぁ、

 国防軍では、今いるこの球体の名前が決められる前から、新地って呼んでいるのよ。私たちはすっかりそれに馴染んじゃってるからね」


桃佳ももかたち学生も、占星術的球体世界テトラビブロスフィアやベロネフィアといった口にしずらい新語を普段から口にするわけではない。個人的に占星術的球体世界テトラビブロスフィアという呼称に、どことなく零佳れいかとの秘め事じみたものを感じてしまう桃佳ももかには、新地という国防軍の呼び方の方がしっくりくる気がした。


「軍隊というところは、まずは主敵を見定めるものなの。新地に来た時に、大気圏外の通信衛星が根こそぎロストしちゃったからね。どこに敵がいるか分からなくなっちゃったお偉いさんは、パニくっちゃってたのね。今でも、地上のレーダーの防空識別圏の外への警戒心はとても強い」


 これまで愛嬌ある笑みを時折交えながら話していた伊能いのうだが、ここで言葉を止め、表情を消した。


「何がいるか分からないと警戒すべき新地の島での、警護を担当する私には優先順位が指示されている。分かるわよね?」


 桃佳ももかは、

「第一隣接世界からいらっしゃる、牧野葵さんをお守りすること、ですね」

と答えた。


「そう。私たちは、一地の要人にして、徳川家の末裔のお姫様、葵さんの警護が全ての最優先...。第一隣接世界のことを、国防軍では一地と呼びはじめているの。数十年進んだ技術をお持ちの第一友軍候補、的な意味合いが込められているのかもね」


目的地に着いた公用車が、認証ゲートの前に停止した。

 伊能いのうは、表情を緩め、

「もちろん、桃佳ももかちゃんにも、はじめての国外で、きれいなお顔に傷なんかつけて欲しくないの。だから、あなたはあなたの力で自分を守る心構えを持っておいてね」

と続けた。


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