第3話 内国東京駅

 なんとか弐華中に合格した桃佳ももかは中学1年、中学2年と、背が伸びると共に、成績も少しずつ向上していった。


 はとこの零佳れいかは、上杉家というよりは血筋も育ちも北方州の伊達家のもの。

 上杉家と伊達家とには数百年に及ぶ関係がある。いにしえの戦国の世で、両家は幾度もの合戦を重ねた。その末に上杉家が仙臺の大平野を手中に収めたことは、小学校の内国史教科書にも記されるほどに有名である。

 徳川三百余年の徳川の治世を通じ、近隣の大名家としての交流から、いくつもの婚姻関係を結ぶに至り、両家は親戚関係を深めた。

 むろん、徳川の治世が終わってからの百年ほどの間も、両家の関係は続いており、両家の者達の間での婚姻も多い。これまたほぼ教科書レベルの知識でもある。


 剣術道場にともに通う友人たちから、桃佳ももかは、「桃佳ももかって、もしかすると、零佳れいか先生の許嫁いいなずけになるんじゃないの?」「なんか雰囲気似てるもんね~。」などといじられることは、半ば必然であった。


 似ているといっても、零佳れいかが中性的であるように、桃佳ももか自身も中性的なためなのだろうと思う。母が軽口を叩いたような桃のようなバストは育っていないし、望んでもいない桃佳ももかは15歳にして彼氏いない歴15年。


 新時代少女モダンガールたちが街で自由恋愛をする今の世にあって、他の弐華中のお嬢様たちと同様に、桃佳ももかは自由恋愛というものに仄かな憧れを持っている。

 とはいえ、自由恋愛を経ないままに、家長が子の許嫁いいなずけを決めることも未だ珍しいことではない。特に、上杉家や伊達家のような旧名家においては。

 なので、時に桃佳ももかは、零佳れいか許嫁いいなずけとなったならば、ということを考えてしまう。

 確かに、零佳れいかに対する憧れの感情はある。でも、それは、自身がこうありたいと思うしるべのようなものなのだ、改めて思った。


 理科の教科書を眺めて終えた桃佳ももかが車中でそんな回想に落ちているうちに、新幹線は既に滑らかな減速をしていた。


 窓から見える立ち並ぶ家々の流れを視界の端に捉えた桃佳ももかは、教科書を閉じ、降車準備を進めた。一度、目を閉じ少しだけ瞑想をする。そして、南方の新島でひとり行う予定のリッフィを介した泡沫うたかたの星のプラネタリウム実験の結果と感じたことを、どこかの機会で零佳れいかにだけは報告しておこうと桃佳ももかは決めた。

 今は中3の桃佳ももかにとって、テトラビブロスフィアは、未だに零佳れいかと結びついている。


 あと5分ほどで東京駅に到着するとのアナウンスが車内に流れた。桃佳ももかは、スマートフォンとイヤフォンと音声を通じ、本日の予定の詳細についてのブリーフィング・メッセージを確認していく。

 

 東京駅のホームに降り立った桃佳ももかを、メッセージの案内通り、藍色の制服を着た国防軍の女性隊員が出迎えた。直立不動ながら自然体な彼女は、

 「ようこそ、上杉桃佳さん、はじめまして。国防軍警護班の伊能いのうです。」

 と、キビキビとした声で言ってから、物腰柔らかな声となって

 「今日からの10日間、ご一緒よろしくね。」

 と微笑んだ。

  その笑みにつられ、桃佳ももかも自然に笑みを浮かべ、

 「はじめまして。こちらこそ、10日の間、よろしくお願いいたします。」

 と挨拶を返した。


 その挨拶の丁寧さに、伊能いのうは、上杉本家のお嬢様らしいしつけの良さを見て取った。

 

 桃佳ももかの初めての海外は警護担当者付きのものだ。

 ブリーフィングには、「調査チーム警護主担当 伊能紗耶香いのうさやか二等尉」と書かれていた。


 伊能いのうは、桃佳ももかを駅の外に待つ公用車へと案内する。

 

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