絶対バッドエンドな僕たちの推理
絶対バッドエンドな僕たちの推理
1
談笑していた。
放課後の教室、僕たちは二人で。
他愛のない会話。確か僕は流行っている映画の話題を振って、彼女は笑っていた。笑っていたはずだ。笑っていたと……思う。
たった三日前のやり取りだというのに、記憶が酷く曖昧だった。
――嗚呼、そうだ。いくつかのやり取りのあと、彼女は僕に聞いたんだった。
「七瀬くん。聞いていますか?」
「……ごめん、ぼぅっとしていた。それで、何だって?」
「だから、心を入れ替えるって言うじゃないですか。入れ替えた心ってどこにいくんだと思います?」
この質問をした翌日、彼女は呆気なく死んだ。
※ ※ ※
隣に座っていた人が立ち上がった気配を感じ、トリップしていた意識が身に戻った。そういえばご焼香の最中だったか。
慣れない葬式に、慣れないご焼香。
僕は隣の人が戻ってきたことを確認すると、ゆっくりと立ち上がって彼女……二日前に亡くなってしまった、『立花 ひより』の元へ向かう。
遺族……母親と父親らしき人物に頭を下げ、よく分からない粉末を手に取った。
見よう見真似でその粉末を額に掲げると、否応なしに彼女の姿が目に入る。
綺麗な顔をしているが、何か違和感を覚える。その原因は……髪、だろうか。
生きている時は前髪が鬱陶しそうだったが、その髪をかき分けてみればなかなかの美少女がそこにいた。
違和感を覚えたのは、前髪が流れて素顔が晒されていたからか。
僕は今度こそ彼女の顔を忘れないようにその姿を脳裏に焼き付けると、粉末を炭の上に落として手を合わせた。
「……っ」
目を瞑り、真っ暗な世界で浮かぶのは後悔。あの時ああすれば、こうしていれば……せめてもっと、彼女と話をしていれば。
どうしようもない後悔をゆっくりと嚥下し、元の席に戻る。
そしてクリアになった頭が、違和感の正体を唐突に理解した。
彼女は……立花ひよりは高所より飛び降りて死んだ。話によると自殺らしい。死因は落下の衝撃による脳挫傷。
つまり、彼女の綺麗な顔は修繕されて生み出されたもの。
「――――うっ」
ぐちゃぐちゃになった顔面、地面に張り付く皮膚や髪。それらを想像してしまい、吐き気を催す。
何とか嘔吐せずに耐え切ったが、僕は気分が悪くなり席を立った。
「何で、何で立花さんが……!」
誰かが泣いている。口元を覆いながら隣を通る際、慟哭している人間の顔をちらりと覗いた。
「――――っ」
ギリギリで耐え切った吐き気がぶり返し、僕は走った。トイレは葬儀場の外にある。
喉元まで出かかったそれを吐き出さないように、僕は自分でも驚く速度で走った。……走った。……走って、到着するなり全てをぶち撒ける。
「うぇ……」
胃の中のものを全て吐き出し、胃液しか出ない状態になってもまだ吐いた。ついでに怒りも吐き出す。
「何で……あいつが…………」
先ほど泣いていたのは、クラスメイトの女子だった。
立花ひよりを虐めていたグループの、リーダーだった。
彼女の死が事故でも事件でもないのだとしたら、間違いなく原因はあいつだ。
立花ひよりが自殺したのだというのなら、その責はあいつのものだ。
あいつが、立花を殺したというのに……!
「おぇ……」
喉が焼ける。酸っぱいにおいが辺りに立ち込めた。そのにおいがまた、僕の吐き気を助長する。
このまま何もかも吐き出して、全てを忘れてしまいたい。
そう思いながら胃液を逆流させていると、カタンッと物音がした。
誰かトイレに来たのだろうか? だとしたら申し訳ない。扉を閉める余裕がなく、僕は扉を開け放ったまま便器を掴んで嘔吐している。驚くこと間違いなしだろう。
しかし僕の予想とは裏腹に、そのやってきた誰かさんは「大丈夫ですか……?」と優しく声をかけ、僕の背中をさすってくれた。
思わず、吐き気も引っ込んだ。
「え…………?」
その声に聞き覚えがあったからだ。
僕は嘔吐も憎悪も忘れ、声をかけてくれた人を見る。涙でぼやけた視界が、徐々に晴れていく。
驚いたのは、男子便所だというのに聞こえた声が女性のものだったからではない。
その声が――――
「どうも、入れ替わった心です。自分の葬式に出るなんて不思議な体験でした」
――――立花ひより、そのものだったからだ。
「……それ、で? 君は立花ひより本人で本当のほんとに間違いないんだよね?」
ゴウン、ゴウンと洗濯機が唸りを上げる。
場所を変え、七瀬宅。つまりは僕の家だ。
親が洗濯をし忘れたことに文句を言った一ヶ月後、急遽用意された一人暮らし用の家。当初は……というか、今でも母親のありがたさを感じながらあの日に言ったことを後悔している僕だが、今だけは一人暮らしであることに感謝せざるを得ない。
何故なら、亡くなったクラスメイトの葬式帰りに、その亡くなったクラスメイトをお持ち帰りしたなんてことを母親が知ったら、泡を吹いて倒れるだろうから。
「だから本人ですって。何でしたら今まで二人だけで交わした言葉でも諳んじてみましょうか?」
「……いや、大丈夫。頭が追いついていないだけで、分かってる」
彼女は吐瀉物に塗れた僕を見ながら、『どうも、入れ替わった心です』と言った。僕たちがした最期の会話を知らなければ出てこない挨拶だ。
……あの時、僕は彼女の問いに何と返しただろうか。
『入れ替えた心ってどこにいくんだと思います?』
その問いに、僕はきちんとした答えを返せなかったはずだ。さあ? とか天国じゃない? とか、頭の悪い回答をしたような気がする。
「…………分かった、呑み込んだ。君は僕の知る、立花ひより本人。二日前に亡くなった、立花ひよりだ」
現実的じゃないけど、何とか自分に言い聞かせる。目の前にいるのは紛れもない立花ひより本人であると。
しかし、ようやく呑み込めた僕を見ながら、立花さんはあっさりと否定した。
「いえ、正確に言えば違います」
「え? だって君はついさっき――――」
「もちろん、私は立花ひよりです。でも、二日前に私は死んでいません。……ですので、より正確に言うならば二日前の夜、死ぬ前に心変わりした……『心が入れ替わり、置き去りにされた立花ひより』です」
「は? 入れ替わり……置き去り……?」
混乱する僕を見て、立花さんは机に置いてあったシャープペンシルを手に取る。
そして同じく置いてあった、数学のノートに何かを書き込んだ。
『立花一号 → 教室で心変わりの話をする → 心変わりをして、二号が生まれる → 二号が自殺する』
「つまり、こういうことです」
「……えっと……君は一号、ってこと?」
「はい、そうです。死んだ二号は心変わりする前の情報を私に残し、死にました。……二号と言っていますが、本来立花ひよりとして正しいのは二号です。私は置き去りにされた……立花ひよりの残りカスみたいなものです」
「残りカス……」
何となく意味が分かった。人は心変わりをして、新しい自分に生まれ変わる。だけど目の前にいる立花さんは、生まれ変われなかった立花さんだ。心を入れ替えた際に取り残されてしまった、立花ひよりというわけだ。
「今、僕の目の前にいる立花ひよりがどういう存在かは理解した。……それで、立花さん。君はこれからどうするつもり?」
書類上、というか事実として彼女は死んだ。身分を証明するものがないまま暮らすことがどれだけ大変か、僕ですら容易に想像できる。
身内ですら頼れない。身内どころか、彼女のことを知っている人間は誰も頼れない。……僕を除いて、ではあるが。
しかし僕はただの高校生。立花さんを養うことはできないし、身分証がなければ立花さん本人は働くことすら許されない。
これは困った。打つ手がぱっと思いつかない。……僕は困った、で済むけど立花さんは……。
そう思って彼女を見ると、その顔に困惑や焦燥の表情は浮かんでいなかった。ただ真っ直ぐに僕を見据えている。
「……七瀬くん。お願いがあります。どうか私を助けてください。私は私が心変わりした内容を知りたいんです。そして何より、『死にたい』と思っていた私が心変わりしたというのに、何故自殺したのか……それをどうしても知りたいんです!」
立花さんはぎゅっと僕の手を握り、真剣な眼差しでそう言った。
「……分かった、手伝うよ」
僕は逡巡せずにそう返した。
心変わりをしたのに、自殺をした……その矛盾するところに気付きながらも。
誰かが自殺に見せかけて彼女を殺した、その可能性があることに気付きながらも。
「本当ですか!? ありがとうございます……! このご恩は、必ず……私の全てを捧げても果たさせていただきます!!」
そう笑顔を浮かべる彼女の素顔は、葬式で見たものよりも綺麗だった。
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