書き出し祭りまとめ

佐々木 篠

youtuberだった俺が転生して勇tuberやってる件

「youtuberだった俺が転生して勇tuberやってる件」


 1


 時刻は午後五時。太陽はそびえ立った山に飲み込まれようとしていた。


 もうじき陽は落ち、そろそろ帰らないと学生寮の門限をオーバーしてしまう。


 俺は背後を振り返り、ハンドサインで『そろそろ帰るか』と相棒に伝えた。しかしそれに対する答えは『前を見ろ』の一言。


 仕方なしに前を見て目を凝らすと、遥か先に今回の討伐目標である『スケルトン』が一体ふらふらと歩いていた。相変わらず視力のいいやつだ。


 俺は相棒に『手はず通りに行くぞ』とだけ告げると、心を落ち着かせるために深呼吸を行う。


「あ、あ、あー……んんっ」


 ついでに喉の調子も確かめると、懐から録画モジュールを取り出した。


録画開始 ログ・オン


 起動式によって正しく魔力が伝わり、手の平サイズの半透明な球体はうっすら蒼く発光する。そして手の平の上からわずかに浮くと、設定していた位置……俺の頭上、左斜め後方で待機する。


「はい、皆さんこんにちは。ブレイヴチャンネルです。今日の目標はスケルトン! 既に目標は捉えていて、あとは討伐するのみとなっています! 今までの魔物とは違い、過去の記憶を元に剣術すら扱う強敵……勇者見習いである俺たちがどこまで戦えるのか、全てをノーカットでお送りします!」


 よし、何とか噛まずに言えた。ここからは俺が徹夜で考えたシナリオ通りに事を運ぶ必要がある。その緻密なストーリーを見事に演じることができれば、視聴数が伸びること間違いなしだ!


 まずは雄叫びを上げながら攻撃を仕掛け、わざと相手にこちらの存在を悟らせる……!


「うおおおぉぉぉ!!」


 予定通りスケルトンはこちらに気付き、迎撃するため剣を上段から振るう。


 一見無駄な行動に思えるが、視聴者はここで「おいおい、せっかくの不意打ちチャンスなのに何て勿体ないことを」なんてツッコミを入れつつ優越感を満たし、俺は勇者見習いのフレッシュさをアピールすることができるのだ。


 つまりこれもシナリオの一部。


「くっ……!」


 俺はスケルトンの一撃を受け流すことはせず、馬鹿正直に受け止める。やや暗くなってきた平原に青白い火花が飛び散った。


 そのまま鍔迫り合いの形に持ち込みつつ、苦戦している風を装ってギチギチと刃を擦り合わせる。


 正直刃を傷めるため鍔迫り合いはあまりやりたくないのだが、どうせ学園で支給される無骨なロングソードだ。壊れたところで替えをもらえるし、頑丈さだけが取り柄なのだからその長所を活かしてやらねばならない。


「エセル! 今の内に――――」


 斬ってくれ、と言うつもりだった。もちろん「俺ごと貫け!」なんて熱い展開には遠く及ばないが、それでも勇者見習いとして等身大かつ将来性が窺える展開ではあったはず。無論ただ斬るだけじゃなく、視聴者に人気な炎タイプの剣技『炎斬』……刀身に炎を纏わせて相手を袈裟斬りにする技で止めを刺す手はずだった。


「ん? 何か言ったか?」


 だが、スケルトンの頭は呆気なく落ちる。柔らかい地面とぶつかり、「とさ……」と静かに落ちた。


 本来であれば激しい炎のエフェクトが舞う中、斬られた骨がバラバラになり心地良い音を奏でるはずだった。


 だがその考え抜かれた演出、シナリオは全て無駄となる。俺の相棒、エセルの手によって。


「…………録画終了 ログ・オフ


 俺は至って冷静に録画を終了した。定位置で浮遊していた録画モジュールは俺の手の平に収まり、ただの無色透明な球体となる。


「おい、エセル。お前は俺の話の何を聞いていた」


「何だアレダス、また私に説教するつもりか」


 はあ、と腰まで伸ばされた長い黒髪をうざったそうにかき分け、エセルはじと目でこちらを見た。


「仕方ないやつだよ全く。だが私は寛容だからな。受け止めてやろうじゃないか、お前の――――痛ッ!?」


 その全く反省していないポンコツな頭に一撃を与え、そのまま地面に座らせる。


「剣術馬鹿のお前にもう一度丁寧に教えてやろう。俺たちは何者だ? 何を目指している?」


「ゆ、勇者見習いで……勇者を目指している……」


 分かっているじゃないか、と笑顔を見せると何故かエセルは「ひっ」と空気を短く吸い、座ったまま器用に後ずさった。


「そう、俺たちは勇者見習いだ。単位(レベル)を集めて、ついでにお金も集めて卒業(クラスチェンジ)しなければならない」


 その二つを同時に集めることができる方法を知っているか? と聞けば、エセルは震えながら「勇tubeで視聴数を稼ぐことです……」とこの国では幼子でも知っている常識を語る。


「そうだ、よく分かってるな。偉いぞ」


 頭を撫でてやるが、こちらを見るその顔は恐怖に染まっていた。


「だったら何で指示通りに動かない?」


 怒りに身を任せ、頭を撫でる手を少しばかり早く動かす。


「いたたたた!! 痛い! アレダス! 髪が! 頭が!」


 ぎゃーぎゃーとうるさいので仕方なく手を退けると、彼女は「父上にもお仕置きされたことないのに……」とどこかのパイロットに似たようなことを言った。


「はぁ……」


 目の前でぶぅたれている少女は、黙って立っていればなかなかの美人だ。美少女と美女の中間にいる淡い美しさを秘めている。詳しくは知らないがどこかの貴族令嬢で、白くきめ細かな肌と闇のような黒髪は芸術のようで近付き難いところもあった。


 ……そんな美少女と、俺は異世界で勇tuberをやっている。


 前世であんな死に方をしたというのに。




 0


「あー、佐藤くん。営業の佐藤くんはいるか?」


 午後の約束が白紙になり、今日も飛び込み営業か……と鬱になっていると、広報部の部長がやってきた。


「佐藤は自分ですが」


「おお! 佐藤くん。君はパソコンに詳しいと聞いたが本当か?」


「パソコン……ですか? 確かに資料作成に使ったりはしますが……詳しいかどうかはちょっと」


 休日はネットサーフィンやらアニメ鑑賞しかしないインドア派ではあるから、他の連中よりかはパソコンに触れる機会は多いかも知れない。詳しいかどうかは微妙だが。


「おお! それじゃあ、youtuberというやつは見たことがあるか?」


 微妙に判断に困る質問だった。……まあこの場合、youtuberという概念を知っているか? という意味だろうと当たりをつけて言葉を返す。


「ええ、もちろん」


 頷くと、部長は俺の肩を両手で叩いて言った。


「佐藤くん、君に決めた!」


 十万ボルト? とボケる余裕は俺にはなかった。何故なら『嫌な予感』というやつをビンビンに感じていたからである。





「……自分がyoutuber、ですか」


「そうそう! 他部署の認可が下りてないから公式とは言えないんだけど、説得するために試しでやって欲しいんだよ。もちろんウチの商品を面白おかしく紹介して、再生数? を増やすだけでいいからさ」


 それが難しいんじゃないかとか、いや非公式かよ、何てツッコミどころはあった。あと恐らくこの雰囲気はあれだ。業務時間外にやらなければいけないやつだ。残業代だせよ! とか脳内をいろいろな言葉がぐるぐると回る。


 だけど悲しいかな、俺はブラック企業で働く社畜サラリーマン。


「分かりました、喜んで」


 それ以外に選択肢はないのである。




 youtuberゼロ日目。


 幸いというか、今はスマホでyoutuberデビューできる時代らしく、初期費用は全くかからなかった。


 カメラはスマホ、編集はフリーソフトで適当なホームページを睨みながら四苦八苦し、何とかできた。明日からはついにyoutuberデビューである。


 youtuber一日目。


 流石に経費で入手できた会社の商品を紹介する動画を撮って早速公開してみた。再生数は十二……初日としてどうなのだろうか。というか一人でも見てくれる人がいてホッとした。


 youtuber七日目。


 早くも一週間が経った。既に五本の動画を投稿しており、総再生数は二百四十四。謎の自信が湧いてきた。


 youtuber十四日目。


 何と再生数が千を超える動画も出てきた。もしやyoutuberの才能があるのでは? と驕り始めた頃、部長に呼び出される。


「佐藤くん、これ……微妙だよねぇ。もうちょっとさぁ……ほら、何百万とは言わないけど、数十万再生くらいはいかないとさぁ……」


「は……はは」


 乾いた笑いしか出なかった。一周回って本当にこんな人いるんだ、と感心してしまった。


「そこでさ、僕なりに調査してみて分かったことがあるんだ。次は僕の言う通りに動画を撮ってよ」


「……分かりました」


 そしてその動画は、大炎上した。


 薄々そんな気はしていた。ちょっとふざけ過ぎじゃない? って。だが部長に何か言えるわけもなく、せめて部長の指示に従った形にすれば多少は罪も軽くなるだろうと高を括っていた。


 そして話はトントン拍子に進み――――俺は解雇された。


 炎上からのスピード解雇に俺は唖然とし、全ての責任を俺に押し付けた部長に文句を言うこともできず。


 俺は八年も働いた会社を背にマイホームへと帰った。ちなみに会社のお金で借りている部屋なので近々出ていかなければならない。


「……これは再生数を稼ぐチャンスでは?」


 すっかりyoutuber脳になってしまった俺はそんなことを考えながら空を見上げ、居眠り運転のトラックに轢かれて死んだ。

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