23.やらかし②
―――何か喋ろうとしても、全く声が出てこない。
これまで、このマイクに向かって喋る時、俺は緊張とは全くの無縁だった。トーク練習の時は、誰かに向けて喋るなどなかったからだ。
だが、今回は違う。この言葉の先に星乃さんが居る。俺の発言で、また傷付けてしまうかもしれないという恐怖。それだけで、竦んでしまって全く声が出なかった。深呼吸して何度か試してみたが、いずれも一言二言発した後、言葉が続かず止まってしまった。
さっき妹からもらった謝罪の要点も完全に頭から抜けている。実践できなきゃなんの意味もないじゃねぇか……。
一旦録音を止めて、対処法を考える。
どうすんだ!?これが録れなきゃ話にならんぞ!!喋り始めようとすると脳が正常に動いてくれなくなる。
糖分か?糖分が足りないのか!?飴ちゃんでも舐めながら録ってみるか。―――謝罪中に飴舐める馬鹿がどこに居る!?謝罪ナメてんのか、この馬鹿めッ!!
そういえば、今回もいつも通り思いつきで喋ろうとしてた。ちゃんと原稿を用意しよう。それを読み上げればいいのではないか?おぉ、冱えてるな俺!
……録音時に緊張で棒読みになったり噛みまくってる未来が一瞬頭をよぎったが、それは全力で無視する。
というわけで謝罪文、もといカンペの草案を書き出してみよう。まずは出だしが重要だ。つかみに失敗すればそれまでだからな。…謝罪のつかみって何だよ。
横道に逸れてないで、真面目に考えよう。ゲーマーとしての性なのか、横道があるとついそっちに行きたくなっちゃうのよねん…。
気付けば夜。
まだ一言すらも書き出せていない。俺は頭を抱えて呻く。
いや、確かに俺の国語力はドンマイ級だけどさ……これはねぇべ。喋りだしで躓くとか、内容がどうこういう以前に問題外だろ。この調子じゃ一生出来上がらんぞ!このままでいいのか!?もっと気合入れてやれよ、俺!!
▼△▼△▼△▼
結局、焦るばかりで何一つ進まないまま月曜の朝を迎えてしまった。連日の寝不足と焦りが重なって酷い顔だ。まぁ、普段から見れた顔じゃないけどさ。
眠い目こすって、何度も欠伸しながら学校の下駄箱へと辿り着くと、そこで星乃さんとバッタリ出会ってしまった。
「あ…」
「囃くん…」
一気に眠気が吹っ飛ぶ。
どどど、どうしよう!心の準備が全然出来てない!
「おはよう…ございます」
「…ぁ……ッ」
星乃さんの作ったようなぎこちない笑顔が心に突き刺さる。
その表情に耐えられず、つい顔を背けてしまった…。
星乃さんは小さく息を吐くと、静かにその場を後にする。
この胸の痛み。
こんなに気持ちが重くなるなんて…先週までの男子連中からの視線なんて全く大したことなかったように思えてしまう。
教室に着いてから、星乃さんの方を見ないようにして過ごす。
いつもより元気のない星乃さんをクラスメイト達が心配する声が聞こえてくる。何かあったのか尋ねる声と、“なんでもないから”と困ったように答える声が何度も耳に入った。
朝に生じた胸の痛みはどんどんと膨れ上がり、昼前にはどうしようもない所まで来ていた。寝不足に焦りと罪悪感の精神的なストレスが加わって、体調が酷いことになっている。胸に手を当てなくても心臓の音が聞こえるし、頭がグワングワンする。
昼休み、保健室で寝るか早退するかしようと真剣に考えて席を立った瞬間、立ち眩みに襲われた。
視界が昏くグニャリと歪む。
全身の感覚が遠く、脚に力が入らない。
あ、これアカンやつや―――――――――
▼△▼△▼△▼
目が覚めると、保健室のベッドで寝かされていた。
俺が起きたことに気付いたらしい保健の先生が、ゆっくりとこちらにやって来た。
「あら、もう起きたの?まだ昼休み中よ。そろそろ終わりって時間だけど」
「……ぅ…ォ、オレ……」
「過労で倒れたのよ。酷い寝不足だったでしょ?」
「…」
「もうちょっと寝てなさい。今のままだと早退するにしても危ないわ」
教室でぶっ倒れたらしい。うわぁ……マジかよ。誰が運んでくれたんだ?クラスメイトのヤツら、スゲェ迷惑な顔してたろうな。またしても変な二つ名がつけれられてしまう。まぁ、クラス内の評価なんて既に落ちる所まで落ちてるから、あんま変わらんか。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴って周囲が大分静かになる。また瞼が重くなってきた…。お言葉に甘えて、もう少し寝て、おこう―――――――――
▼△▼△▼△▼
眠っては起きて、起きては眠ってを繰り返す。ずっと眠っていたか単に寝惚けてただけかもしれない。
近くで何かの気配がする。けど、目を開けるのも億劫だ。薄っすらとした意識の中でそんな事を思っていると、額にひんやりとした感触がした。とても安らかで、またすぐに意識が堕ちていく…。
▼△▼△▼△▼
どこか遠くで声がする。
「あら、~~さん。鞄持ってきてくれたの?」
「はい……あの、どうですか?」
「一度起きたけど、また寝てるわ」
「そうですか……」
「ちょっと寝不足で疲れてただけよ。大丈夫だから」
「はい…」
声はそれきり、また聞こえなくなった。
▼△▼△▼△▼
起きたら既に放課後で、夕方近くになっていた。
…………もうこんな時間か。4時間ほどは寝れただろうか―――あ、寝癖ついてら。
保健室の先生からお墨付きをもらって帰ることにした。教室に鞄取りに行くのメンドクセェなぁなんて考えていたら、すぐ近くに俺の鞄が置いてあった。あれ、これもクラスの誰かが持ってきてくれたのか。
しかし、倒れるとはなぁ……。結果がどうなるにせよ早めにこの状態に決着をつけないと、またぶっ倒れそうだ。
「あぁ、それ。あなたの鞄ね」
「ぁ、は…はい」
「明日、星乃さんにちゃんとお礼言っておきなさいよ」
「―――は、ハヒッ!?」
急に星乃さんの名前が出てきたことにビクッとして、声が裏返ってしまった。
「休み時間のたびに心配して様子見に来てたし、その鞄も持ってきてくれたのよ」
「―――ッ!」
夢うつつに感じた額の感触が蘇ってきた。
こんな事になった今でも、まだ心配してくれるのか。
じわりと目頭が熱くなる。
俺はどれだけ星乃さんに迷惑かけるんだ……謝罪だってまだ出来てないのに。
自分の手を額に当ててみる。……もう少しだけ頑張れそうな気がした。
少しだけ軽くなった体で家へ帰り着くと、顔を洗ったあとは着替えもせずにすぐ草案を練り始める。昨日、どうやっても出てこなかった言葉が嘘のように、一気に書き上げた。
草案のつもりだったのだが、推敲が必要なさそうなのでこのままでいく。というか、変にこねくり回してようやく出てきたこの素直な気持ちを濁したくなかった。あとはちゃんと声に出して伝えられるかどうかにかかっている。
書き始めてからすぐのように思っていたが、既に結構遅い時間帯だ。連日無理してまたぶっ倒れるワケにはいかない。しっかり食べて、ちゃんと寝て、明日に備えよう。本番の録りは明日だ。
▼△▼△▼△▼
昨日よりいくらか元気な状態で学校にやって来たのはいいものの。家に帰ったあとの録音のこと、どう喋るかっていうことで頭がいっぱいで授業内容を全く覚えてない。というかノートを一つもとってない。あとで見せてくれる人も居ないのに、何してんの俺……。やっぱ実生活に結構支障が出てきてるな。その代わり、カンペが必要ないくらい内容は頭に入っている。―――本番はカンペ見るけど。
ちなみに、昨日の件でどこでも寝ちゃう居眠りキャラがついたっぽい。○ビゴンとか影でヒソヒソ呼ばれている―――そんなポッチャリ癒やし系になった覚えはないが。星乃さんというトレーナーに飼われてるから、とかそんな理由もありそうなネーミングだ。どうでもいいが。
▼△▼△▼△▼
本日最後の授業が終わり、学校を後にする。
まだ家にすら着いていないのに、早くも少し緊張している。大丈夫か、こんな状態で…。
いつもより夕食を早めに食べ終えると、いつもより長めに風呂につかり気持ちを落ち着ける。
準備は整った。
心臓に手を当てる。
普段より鼓動が大きい……けど、大丈夫。
十分ではないが、それでも―――勇気なら足りている。
あとは…なるようになれ、だ。
PCを起動してマイクの位置を調整する。
録音開始。
大きく息を吸う―――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます