22.相談
日曜の早朝。この2日、ろくに飯を食べていなかったせいで腹がものすごく減っていた。朝からヘヴィーなボリュームの朝食(昨日の昼夕の残りもの)を腹に収めて、一息つく。
さて、自分の中でグチャグチャだった気持ちの整理が一応ついて、伝えると決めたはいいものの…。
方法はどうしよう?直接呼び出して言うのか?いや、あんだけ迷惑かけといて呼びつけるとか何様なん?そもそも来てくれない可能性の方が高くない?っていうか、噛み噛みで伝えたいことの半分も伝わらずに、また失敗して落ち込む未来が目に見えるわ…。
動画で、という方法もあるにはあるが…それは個人的にやりたくないなぁ。あれ……詰んでね!?
待て待て。そもそもの話、まず謝罪から先に行うべきだろう。―――で、その謝罪ってどうしたらいいの?これまでの俺の人生でちゃんとした謝罪って実はしたことないんだよね。なんかあった時はうやむやにして終わらせてきたからな。土下座は二度とやめてくれと星乃さんに言われたし。
なんで学校ってのはこういう時の謝り方を教えてくれないのかね?選択科目で【謝罪】ってのがあったら間違いなく選んでるところだったのに。将来、絶対役に立つと思うんだけどなぁ…。
そんな日本の教育制度の不備について真面目に考えていた時、突然閃いた。
―――そうだ!こういう時は同性に聞けばいいのだ!ナイスだ妹よ、お前はこの時のために生まれて来たんだな!
食器を片すと、その直後に妹の部屋へノックも無しに突撃する。
「たのもぉーう!!」
「朝から何か変なテンションの馬鹿が来た…」
―――おやおや、起き抜けで着替え中だったのか。悪いな妹よ。
そういや、この2日間ほとんど寝てないからな。テンション変になってるかも。
「のっけから兄を罵るとか、どういう教育受けてんだお前…」
「女子の着替え中に急に部屋入ってきた不審者が育ちについて語るとか、何の冗談よ?」
……ぐぅの音も出ない。この妹とラップバトルだけは死んでもやるまい。
「―――で?
昨日まで死んだようなツラしてたのに、急にどうし……あっ」
「なんだ、急に全部理解ったような顔して?」
「いや……鬱から躁状態になったのかと思って…」
「何ですぐに兄を病気扱いするの、お前は!?」
「いやだって、昨日の今日で情緒不安定すぎでしょ」
「思春期だからな」
「思春期はそういうんじゃないと思うけど…」
「いいから!ちょっと悩める兄を助けてくれまいか?」
「はぁぁ~……分かったから、ちょっと部屋出てて」
「おぅ」
▼△▼△▼△▼
再度、妹の部屋。
椅子に座り、腕組んで呆れた顔の奏の前で、兄である俺が正座させられている―――なにこれ?っていうか何だそのポーズ、寄せて上げるヤツか?お前のその残念な胸囲じゃあ、寄せるもなにもないぞ。
というか、不慣れな上に座布団も無しで床に直で正座してるせいで、既に脚がヤバい。
「―――で、何なのよ不審者の兄ちゃん?」
「正座がキツイ…」
「反省が足りないようだな」
そう言うと、正座した俺の腿の上に雑誌や大判の分厚い画集が山と積まれる。
「ヒギィッ!!」
完全に拷問ですよ、コレッ!?どこでこんなもん覚えてきやがった、こいつ!!
「無駄口叩くごとに一冊追加ね……返事は?」
「イエス、マム!」
「よろしい。…で、悩みって何?どうせまたしょうもない事だろうケド」
「しょうもないとか言うなよ…今回のはマジだか―――オィ!やめろ!その鉄アレイは下に置け!!」
鉄アレイの数え方は冊じゃねぇぞ、この馬鹿め!
「私、朝ご飯まだなんだから、さっさとしてよ」
…それについては正直、スマン。
「実はな……女子への謝罪の仕方を教えてほしいんだ」
「まさか―――兄ちゃん!どこを触ったの!?胸!?それとも尻!?
分かった、体操着か上履き盗んで匂い嗅いでたんでしょ!?そういうマジなのはヤメてよ!
既に私の手には負えないから!早く、早く自首してきて、お願い!」
「ちっげぇよ、性犯罪でも軽犯罪でもねぇよ馬鹿!だから、その鉄アレイを下に置け!」
…っていうか、何でそんなの持ってんの!?鍛えてんの!?
「じゃ、どういうことよ?」
「実はな―――」
名前はもちろん伏せて、要所をおさえて経緯を説明した。
ラジオに関する事情をコイツに知られたくなかったけど、相談すると決めた時点で腹は括った。
「ふぅ~ん。それで、その人を裏切った挙げ句、一方的に友達解消言い出して、しかも負い目まで与えた、と…」
「……はい」
覚悟はしてたけども、改めて第三者から状況を声に出して確認されると結構キツいものがある。
「…サイテー」
「やめて!ド直球に表現しないで!」
「人間のクズだよ、兄ちゃん。人間失格だよ。太宰先生がメロス並に走って逃げ出すクラスの畜生ぶりだよ」
「アーアーアーアーッ!―――え?そ、そこまでッ!?」
「しかし、話聞く限り聖人みたいな人だね。
こんな頭から爪先までたっぷりクズが詰まった兄ちゃんと友達になってくれるなんてさ」
「どっかの菓子みたいに言うなよ…」
「惜しい人を逃したね」
「だから、完全にアウトにならないようにこうしてお前に相談してんだろうが!」
「いや、もう完全にサヨナラエラーでゲームセットでしょ」
「いや!まだギリで9回裏ツーアウトだって!」
「それも10点差とかついてんでしょ、コールド負けだって」
「兄の心を一々折りにくるなよッ!そろそろ泣くぞ!」
「はぁ、分かったから……鬱陶しいからヤメてよね。
…その人、兄ちゃんのラジオのファンなんでしょ?だったらラジオ続ければサクッと解決するんじゃないの?」
「俺は今でもあの動画認めてねーんだよ!出来るならすぐにでも全部消したいくらいだよ!」
「でもラジオのおかげで、その聖人様と知り合えたんじゃん?」
「…まぁ、そうだが」
「そうだなぁ……じゃあ、”全ての人に”じゃなくて、”その人だけ”に向けて喋ってみたら?」
「ん?」
「だからさ、女子は特別扱いされるとちょっぴりグッとくるワケよ」
「おぉ!?まともな意見が初めて出てきたな!……でもちょっぴりなのかよ」
「―――ただし、イケメンに限る」
「残酷!!!」
「ぶっちゃけ、意中の人以外から特別扱いされても、その、なんだ……わりとリアルに困る」
「じゃあなんで提案したんだよ、畜生め!やっと希望が見えたと思ったのに、あんまりだッ!」
「いや、でも今回に限っては使える手だと思うよ」
「そうなん?」
「うん。だってその人、兄ちゃんに自発的にラジオ続けてほしかったんでしょ?
でも兄ちゃんはチキンだから、他の人には公開したくない。
だから、間をとってその人にだけ見れるものにするの。
そんで、これが今の僕の限界です!って、ちゃんと正直に言うのさ」
「―――すると?」
「その人にはバッチリ誠意が伝わる上に、他の人には公開しなくて済むでしょ?」
「天才か!?」
「まぁね」
「いいかい、兄ちゃん。
謝罪で大切なのは、第一に面と向かって言い訳なしで真摯に謝ること。
それと、これからどうやって改善していくのかを具体的に述べること、の二点だよ。
ついでに、定期的に反省の成果を見せられればパーフェクトかな」
「お、おぉ……何なんだお前は―――謝罪のプロなのか?」
ホント何なんだろう、こいつ。そのくせ、ラジオの件で俺にちゃんと謝罪してねぇよな、コイツ…。
「まぁ、兄ちゃんの場合は一番最初の“面と向かって”が出来ない時点でダメダメだけどね」
「その一言必要!?―――まぁいい。大体は分かった」
「分かったのなら、行動あるのみよ」
「じゃあ、ホシ―――その人に向けて謝罪の録音するから、編集頼むわ」
「エェーー…ヤだよ、私にメリット無いじゃん」
「野口先生に御登場願おうか?」
「う~ん……ちょっと待って、報酬に関して私が条件付けていい?」
「なんだよ?最高でも樋口先生までだぞ」
「マジで!?……いや、凄い惜しいけど、今回はいいや。
条件だけど―――”何でも一つ言うことをきく”っていうのを呑むんなら、手伝わんこともない」
「何でも…」
「そう、何でも」
「嫌な予感しかしないんだが…」
「他に選択肢あるの?」
足元見やがってこのヤロウ!―――ていうか交渉上手いなコイツ、将来が怖いわ。
「……分かった。それでいい。
ただし!ラジオに関することは却下だからなッ!!」
「既に”何でも”じゃなくなってるけど……。大丈夫、私からは言わないから。
それより―――念のため、一筆書いてもらおうか」
「信用ねぇなッ!?」
▼△▼△▼△▼
妹に相談したおかげで、星乃さんへの“特別な動画”を用意する目処がたった。音声だけ用意すれば、あとは奏がお膳立てしてくれるらしい。
早速自分の部屋へと戻り、謝罪を録るべく久々となるマイクへ向き合う。
大きく息を吸い、録音を開始する。
だが、これまでと違って全く言葉が出てこなかった。
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