20.振り返り

 行きより重い脚を引きずって鳩神社から帰宅し、飯も食わず、風呂にも入らず、早々にベッドで横になる。

 真っ暗な部屋の中、目をつむり身じろぎもせず既に数時間が経過しているが一向に眠れる気がしない。


 頭の中では、星乃さんの“さようなら”という声が繰り返し響いている。

 何でもない、ただの別れの挨拶だ。子供のころから今まで、幾度となく日常的に使用してきたはずの言葉なのに、何故こんなにも心に刺さるのか。


 頭の中は星乃さんの事でいっぱいだった。星乃さんが、どれほどの覚悟を持って俺と関わろうとしてくれていたかを知った。そうまでして俺に伝えようとしてくれたこと。


―――俺のしてきたことは無駄ではないと。

―――だから、自信を持てと。


 たったこれだけのことを伝えるために、彼女は毎日俺と話してくれていたんだ。一言だけでは信じられない俺のために。少しずつ、少しずつ……ゆっくりと。


 俺は星乃さんのことを、どれだけ分かっていた?言葉の表層に触れただけで本心を慮ることもなく、全てを分かったような気になって。

 そもそも、他人のことをろくに理解出来なかったから友達が居なかった俺が、どうして彼女の本心を見抜けるというのか。傲慢にもほどがある。



 俺は、裏切られるのが怖かった。

“他人を信じなければ、裏切られることはない”

 小学生の頃に刻み込まれてしまったこの心の病は、今でも続いている。だから、心を許しそうになると頭の中で俺の声をした誰かがボソリと呟くのだ。


「気を付けろ、きっとまた裏切られるぞ」 と。


 俺が最後まで信じることさえ出来ていれば―――胸を張って“友達”だと言えてさえいれば……。

 だが、いつまでも成長しない俺は、最後まで彼女を信じきることが出来なかった。

―――その結果がこれだ。

 他人を信じないで馬鹿をみるのは俺だけの問題だから、それはいい。だが今回は、星乃さんの思いを、願いを傷つけてしまった。そして、友達だと言ってくれた唯一人の存在を失った。


 小学生の頃のアイツらと同じ側には決してならない。俺は絶対に他人を傷つける人間にはなるまいと、そう思っていたのに…。


 結局、翌日の夕方まで寝ることが出来なかった。



▼△▼△▼△▼



 週末を家の中で死んだように過ごす。

 夕方にやっと寝付いたと思ったら2時間足らずで自然と目が覚めてしまった。その後は何もする気が起きず、ただ仰向けのまま天井を見つめていた。

 頭の中では星乃さんの言葉がいくつも巡っている。

―――ふと、最後の言葉を思い出す。


 ”落ち着いて、今までの自分を振り返ってみて下さい。あなたを応援している人達が、きっと居ます”


 今までの自分を振り返る……。ラジオのことだろうか?そういえば、第三回目以降は再生したことなかったな。ネット上に存在する自分の恥部に耐えられなくて、今まで努めて避けてきた。強制的に晒されている自分の黒歴史に向き合うなんて、したくもなかったが……。


 けれど、星乃さんが最後に伝えてくれた言葉がどうしても気になって、最新回を開いてコメント欄を読んでみる。



◆コメント―――――――――――――――――――――――――――――――――

“もう一ヶ月以上更新停まってるけど、マジで友達出来たんか?嘘でしょ!?”

“ボッチ仲間だと思ってたのに!この裏切り者!おめでとう!もう帰ってくるなよ!”

”二年以上経って、ついにか!”

”親戚とかにこの動画の存在がバレたのでは?”

”ついにこの日が来てしまったか…”

”折角友達出来たんなら、見放されないようにな!”

”友達出来たの!?本人から報告あるまで信じないぞ!!”

”なぁ~んちゃって、っていうドッキリ企画だろ?…え、違うの?”

”これで終わりとか、絶対に許されません”

“トラックに轢かれて異世界に召喚された、に10000ペリカ”

”↑俺は、脳の病院のお世話になってる方に花京院の魂を賭ける”

”ボッチ学会から永久追放です!”

”友達出来たなら、せめてココで報告して!”

”大丈夫、すぐ戻ってくるさ(意味深)”

”俺氏の次回作に御期待下さい!”

”普通に祝福してやれよ、お前ら…”

“こうして、俺氏の伝説が幕を閉じたのだった”

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 胸に熱いものが込み上げてくる。今更ながらに、あのラジオを聴いてくれている人がこんなに居たんだと実感する。星乃さんが言った通りだ。俺が知らなかっただけで、俺を応援してくれる人達は確かに居たのだ。

 なんだよコレ……もうお前らが俺の友達になってくれよ!そしたら、こんな悩まずに済んだのに。



▼△▼△▼△▼



 思い出したようにトイレへ行き、用を足し終えた後もトイレの中でぼんやりとする。ノックする音がして、のっそりとトイレから出てきたところで会いたくもなかった妹と鉢合わせた。


「兄ちゃん、大丈夫?」

「……何が?」

「何って……ひっどい顔してるよ。

 いや、いつも酷いけど。いつにも増してさ……どしたの?腹下してるの?」


 普段から死んだような目をしている俺だが、妹にも心配されるほど酷い状態だったらしい。


「あー……そうそう、下痢下痢。もう水しか出ないのよ」

「いや、そこまで聞いてないけど。―――その投げ遣りな態度、何かあった?」

「いいだろ別に…ほっとけ」

「まぁ、別に兄ちゃん心配してるワケじゃないけど。

 兄ちゃんがそういう態度の時は、誰かしらに迷惑かけた時でしょ?」

「―――ッ」

「一緒に謝りに行ったげようか?」

「ほっとけ、つったろッ!!」


 なんでコイツはいつもいつも、俺のことをこんな正確に把握してんだよ。そういうところが鬱陶しくてたまらない。妹に対して八つ当たりをする自分自身にもウンザリする。

 さっさと部屋に戻ろうと奏の横を通り過ぎた時、ふと気になったことがあったので振り返る。


「お前さ―――」

「何?―――ほっとけ、とか言った直後に話かけてくるメンドーくさい兄ちゃん」


 ……ホントに、コイツのこういうトコが大嫌い。


「あのラジオの、リスナーからのメール…どうした?」

「どうしたって?全部保管してあるけど?それが?」

「…………全部だ」

「は?」

「全部俺のPCに転送しろ」

「何で?」

「……確かめたいことがある」

「なんだ。また喋る気になったんじゃないのか……分かった。後で送っとく」



▼△▼△▼△▼



 しばらくして、PCに大量のメールが転送されてきた。いや、マジで大量に。以前、リスナーから来たものをそうとは知らず迷惑メールと失礼極まりない言い方をしたが、この量はマジでスパムっぽい。


 さて、この中から目当ての一通を探し当てないとイカンのか…。しかし、まさか優に千通を超えてるとは……予想外すぎたわ、どうしよう。

 まぁ、どうせやることも無いのだ。気長に取り組むことにする。


―――そっから先はもう、地獄だった。

 いくつか条件を設定して仕分けしてみたが、それでもなお300通あまりが残った。一通一通に目を通していくが、頭のおかしい感想メールがいっぱいだ。類は友を呼ぶ、という奴だろうか?


 ちゃんとした感想も勿論ある。何々の話が面白かっただとか、あの話は作ってんじゃないの?とか、ホントはもう友達出来たんでしょ?とか。俺氏の返しをパクって実生活で使ってみたら、ややウケでした。等々。うっさいわ!



「にしても―――奏はこのメール全部確認したのか……アイツ、意外と真面目にやってたんだな」



 金が絡んだ時の妹のよく分からん真面目さを見せつけられ、何だか微妙な気持ちになった。

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