19.彼女の気持ち
さわさわと木々が揺れる音だけが響く中、星乃さんがゆっくりと語り始めた。
「前にもここで言いましたよね。私は以前に悩みがあったこと。
中学二年生の頃、人と関わることが、人と話すことが恐くてたまらない時期がありました。
気持ちが塞いで何も出来ずにいた時に偶然、あなたのラジオに出会って。
本当に驚きました……私と同じような経験をした人が居ることに。
それでも滅気ずに、辛い事も笑いに変えてしまえるあなたの強さに、とても、とても憧れました。
毎週投稿されるあなたの声に励まされて。
そうして―――私もあなたと同じように、目を背けず現実に向き合おうと決めました。
あなたのように動き出せたら私も変われるんじゃないかって。そう思って。
それから、勇気を出して少しずつ人と喋るようになりました。
いつも、私の中にはあなたが居て……すぐに怯えて立ち止まってしまいそうになる私を励ましてくれました。
”とりあえず、やってみようぜ!”って。
そのおかげで、新しい友達が出来ました。前よりも気兼ねなく話せる親友と呼べる人達が。
失敗しちゃって、そのあと話すことなく卒業しちゃった人も居るけれど。それでも、前よりもずっと楽しく、生きやすくなりました。
会ったことはないけれど……あなたは私の恩人で、特別な人でした。どれだけ感謝しても、し足りないくらいに」
静かに感謝の言葉を述べる星乃さんに、後ろめたさを覚える。いつか言っていた”もう一人の自分”とは、俺のことだったのか…。だが、星乃さんが俺と同じ経験をしたというのはどういうことだろう?
俺と同じ経験を、星乃さんが?―――いや、ありえないだろう。だって彼女は、俺なんかとは全く違う。明るくて、優しくて、物怖じしないし、美人で、人気者で……俺とは対極にある、最も遠い存在だもの。けれど、人と話すことを恐れてしまうほどの出来事があったのだという。今の彼女からはとても信じられないが。
そして、俺のラジオをきっかけに克服出来たというが……俺はそんな大層な事を言ってない。とういうか、誰かに向けて喋っていたことなんか一度たりとないし、感謝されるような事も何一つ喋った覚えが無い。
切っ掛けなんて何でも良くて、それがたまたま俺の動画であったというだけ。君は自分の力で立ち上がったのだから。だから、俺に対してそんな感謝は必要ない。
「高校で囃くんと同じクラスになって、最初の自己紹介であなたの声を聞いた時、まさかと思いました。
だって、同じ学校の同じクラスになるなんて奇跡、とても信じられませんでしたから。
でも…嬉しくて、ドキドキして、ちょっと運命的なものさえ感じました。本当にラジオの人なのかな?どうやって話しかければいいんだろう?話しかけてもいいのかな?って、ずっと迷っていて。
どうしてもあなたの正体が知りたくて、教室で話題に出してあなたの反応を見てみることにしました。それで、確信しました。やっぱり、あなたがそうなんだって。
それから、直接お礼を言いたかったのと、正体を隠している理由が聞きたかったので呼び出したんです。でも、この場所で事情を聞いた時……今度は私があなたの力になろうと決めました。
今の私があるのは、全部あなたのおかげだから。だから、きっとあなたにも出来るはずだって。
最初は普通に友達になろうとして。けど、拒絶されそうなのが分かって……。あそこで引いてしまったら、あなたは私を避けるようになって、それで終わってしまう予感があったから。どうにかして繋ぎ止めなきゃいけないと思いました。でも、迷っている時間はなくて……。今動かなかったら、きっと後悔するって分かってたから。
だから、あなたと関わり続けるため―――脅迫なんて最低な手段をとりました。警戒されてしまうのは分かってたし、出来ればやりたくなかった。弱みを握って言うことをきかせるなんて、友達とは最も遠いやり方を。でも、あの時は他に良い方法が思いつきませんでした。
それでも。どうしても、あなたに伝えたいことがあったんです。
あなたのラジオを楽しみにしてる人達がいっぱい居て。
あなたを見倣うことで変われた私が居て。
ラジオのおかげで私はあなたに会うことが出来ました。
だから、あなたのしてきた努力は決して無駄じゃないんだって。
それから、私があなたから奪ってしまったものをちゃんと返したいと思いました。
私はあなたのファンですから、ラジオを続けてほしかったのは事実です。けど、本当に返したかったのは“喋ることを楽しんでいたあなた自身を”です。あんなにも生き生きとして、本当に楽しそうだったあなたを。
でもどうすれば返せるのかは分からなくて……。だから、とにかく色々なことを話してみることにしました。
私のことを少しでも信じてもらいたいな。あなたの本音を少しでも引き出せたらいいな。―――そんなことを思いながら。
ラジオで喋りたくなっちゃうくらい楽しいことを、いっぱい話そうって。そして、自分の意思でラジオを続けてくれたら…。そうなってくれたら、本当に嬉しいなって。そうすることで、本当に恩を返せた事になるんじゃないかって。
あなたは真っ直ぐで、全力な人だから。またすぐに、私の想像なんて簡単に飛び越えて行ってくれる。きっとこのまま上手くいくって、そう思って―――思い上がってました。あなたの気持ちに何一つ気付かずに……。私はずっと恩返しのつもりで…でもそれはただの独りよがりで…」
星乃さんの目から大粒の涙が溢れた。
「私の言動があなたをこんなに惑わせて、負担になっていたんですね。
―――ごめんなさい。
私は“囃くんのため”という理由をつけて、自分の願いを、期待を、押し付けていただけでした。
―――本当に、ごめんなさい」
星乃さんは頬を伝う涙を拭うこともなく、深々と頭を下げた。そして、顔を上げると震える声でその言葉を絞り出した。
「だからこれで…………終わりにします」
その悲しげな顔に耐えられなかったから、目をそらした。
「最期に、一つだけ……覚えておいて下さい。
あなたは一人じゃありません。落ち着いて、今までの自分を振り返ってみて下さい。あなたを応援している人達が、きっと居ます」
最後にそれだけ告げると、ゆっくりと踵を返し―――
「さようなら」
二度と振り返ることなく、去っていった。
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